種明かし


 ルーカスはアンナの言葉に驚いた。


「えっ。もしかして、貴女がアンナ・アケヒなのですか!?」


 おそらく、ルーカスはアンナの正体を知らなかったのだろう。アンナは得意げな表情で、ルーカスに詰め寄った。


「ミスター・レッドフォード、殿下は正直さを好まれます。殿下は憲兵のコスプレ・・・・をしてまで貧民街に行ったのに、結局、自ら正体を明かされるような純真な御方です。貴方も、正直に殿下にお話しください」

「純真は余計だわ」


 ウルリカはそう言って、すっかり冷めた紅茶を一口飲んだ。


 鼻をへし折られたルーカスは、タジタジになりながら、種を明かした。


「……実を言うと、私は異世界の人間です。この通貨の話も、異世界の学校で学んだ知識です。私のアイデアではありません。殿下もアンナ様も異世界人だったのですか?」

「アンナはそうね。わたくしはこの世界の生まれですわ。二周目の人生をやり直しているところですのよ」

「二周目……ってことは、五年後の飢饉、というのは」

「ええ。実際に起きたことですわ。人口の三割が失われ、わたくしは暴徒に襲われ命を落としましたの」

「厳密にはその直前にゲームの進行を止めました。暴徒どもには殿下のお身体に傷一つ付けさせていません」


 と、アンナが補足する。


「だそうよ。それにしても、異世界の学園では、そのような高度な知識まで学べますのね。羨ましいわ」


 ルーカスは項垂れた。


「……種明かしついでにお詫びすると、この説明は殿下にも分かりやすいよう、かなりアレンジしています。実際には色々な説や議論があります。ただ、これが私の世界を三百年間支えた実績のある『管理通貨制』という通貨システムのエッセンスだと思ってください」

「これが五年後の危機を乗り越えるためには役立つということね。デメリットはないのかしら?」

「ええ、当然デメリットもあります。誰も国を信用しなければ価値を持ちません。信用を失えば価値は大暴落します。通貨の価値が十分の一になれば、分かりますね?」

「パンが十倍に値上がりしてしまうわね」

「ええ。それをインフレーションと言います。そして、百倍、千倍となることをハイパーインフレーションと言い、そうなると経済はお終いです」

「……そうね。恐ろしいわ」

「管理通貨制の導入初期は、信用が不安定なのでそうなりやすいのです」

「……慎重に進めなければなりませんわね」

「もう一つ。所詮は借金ですから、当然、金利が掛かります。その上、通貨の裏付けになっているため全額完済は事実上できません。つまり国は金利をずっと払い続けなければなりません」

「利息を含めて財政を計画しなければなりませんのね。維持のためやむを得ないコストですわ」

「そして、最後に。最も痛みを伴うのは、貨幣鋳造権を中央銀行に渡さなければならないということです」

「ええ、わたくしと母が際限なく金券を発行しては意味がありませんものね」

「そうです。恐らくそこが最も高いハードルです」


 ルーカスは申し訳なさそうにそう言うが、ウルリカは口角を上げた。


「けれど、わたくし思いますの。権力は分散するべきだと。旧王家が追放されて、わたくしたちも権力の脆さを肌に感じておりますわ。明日には権力を失っているかもしれない。貨幣鋳造権について現王家が自制したとしても、次の王が自制しないかもしれない。それでは民が困ります。故に、わたくしたち王族は少しずつ権力を手放して行かなければなりませんのよ。その意味では妥当ですわね」


 ウルリカの言葉に淀みはない。


 ルーカスは感嘆した。


「……殿下は本当にこの世界の御方なのですか?」

「ええ、ここの生まれですわ」

「先見性がおありですね」

「それは、二周目の人生ですもの。それに、一点だけわたくしも種明かしすると、実は、わたくし『中央銀行』という名前自体は存じておりますの。一周目の人生で」

「というと?」

「二年後にクストランド帝国に『クストランド中央銀行』が設立され、預金や融資のサービスについて話題になりますわ。けれど、貴方の話とは随分と印象が違いますわね」

「それはそうでしょう。『管理通貨制』を確立するまでに三百年かかりますからね。長年を掛けて一般向けの預金や融資の業務は、少しずつ商業銀行として分化発展して行きます」

「気の遠くなる話ですわね」

「そうですね。ああ、でも、もし『スムサーリン中央銀行』を設立なさるなら、まずは預金業務から始められてはいかがでしょうか。それなら、貨幣鋳造権は不要ですし、国民が皆活用すれば国の豊かさを可視化できます」

「そうですわね。リスクが低いところから始めましょう」

「ちなみに預金といえば、『信用創造』という――」


 ウルリカはルーカスを制する。


「ありがとう。けれど、もうこれ以上は頭に入らないわ。ぜひ提案書にまとめてくださいまし」

「……はい」


 少し残念そうなルーカスである。


 ティーカップを置き、ウルリカはアンナの目を見た。


「アンナ、三百年を三年で駆け抜けるわよ。この方を経済政策顧問にできないかしら?」

「いけません、殿下。殿下には平民の私を王女付き女官にされたという前科がおありです。二度目は許されません。平民を政策顧問に登用するなど他の貴族が認めないでしょう。ようやく固まりつつある支持基盤が揺らいでしまいます」

「……そうですわね。けれど、この方が欲しいわ」


 少しの間を置いて、アンナがウルリカを窘める。


「殿下、また失言を」

「……! そういう意味ではありませんわ。国の役職に正式に登用したいということですわよ」

「どうだか」

「ミスター・レッドフォード、もしよろしければ、ひとまず非公式に今後も助言をいただければ助かりますわ」

「もちろん、喜んで」 


 こうしてその場は解散となった。


 定期的に商談という名目でルーカスとの会合の機会を設け、計画を練り上げていった。



────


いつも、応援ありがとうございます! 


ここからは、アンナやルーカスを深掘りしつつ、中央銀行設立へと向かっていきます。もしお気に召しましたら、ぜひ作品フォロー、★で応援よろしくお願いします!


※貨幣理論や経済理論には諸説あります。これが必ずしも正しい、あるいは主流の考え方というわけではありません。あくまでも、作中世界の話としてお楽しみください。

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