ルーカスのお部屋訪問(一)


 次はルーカスの家である。


「一応確認しますけれど、あちらの世界では服を着てらっしゃるのかしら」

「え? どういうことです? あぁ、軽装なのはお詫びします。あちらの世界でこういう服は手に入らないので」

「それならよろしくてよ」


 ウルリカは胸をなで下ろす。


 同性ならともかく、異性が一糸まとわぬ姿で登場したりでもすれば、さすがのウルリカも平常心ではいられない。


 アンナは毛を逆立てた猫のようにルーカスを警戒する。


「ミスター・レッドフォード、殿下を貴方のモバイル端末に投影しますが、もし殿下に手を出したら許しませんので」

「誓って、そんなことはしませんよ」

「信じられません。念のため、ホログラムチェンバーの外部映像センサーをオンにして、投影したたまにしてください。私が扉から監視しますから」

「ちょっと片付けますので、少々お待ちください」


 こうして、ウルリカはルーカスのモバイル端末経由で遠隔投影される。


 ウルリカが見回すと、そこは使用人の居室ほどの部屋だった。しかし、生活感のない杏菜の居所とは対照的に、ルーカスの部屋は雑然を超えて混沌であった。脱ぎ散らかした服。保存食が入っていたらしい袋。机に残る食べかす。床はかろうじて見えているが、これが『片付け』の成果なのだろうか。


 反射的に王妃スマイルが浮かぶ。感情を隠すための鉄仮面である。


――同じ異世界人でも随分違うのね。


 杏菜は、この世界では世捨て人のような生活を送っていたが、もともと几帳面な性格であることは間違いない。あの合理的すぎる割り切りも、それ故のものだと思えば理解できる。


 ただ、ルーカスの生活拠点は、まだこちらの世界にあるのだろう。心の乱れが部屋に反映されているのかもしれない。少なくとも彼は合理的でも几帳面でもないようだ。


 部屋の隅には各辺二メートルほどのボックスがある。あれがルーカスのホログラムチェンバーだろうか。扉が開くと、中からルーカスが現れた。彼がそのドア枠を通過した瞬間、彼のジュストコールは消滅し、よれた半ズボンによれたTシャツという軽装が露わになる。


 扉の向こう側にはスムサーリン王国が見えていて、アンナがこちらを覗いている。


「申し訳ありません、殿下。その、散らかっておりまして」


 ルーカスは情けない表情で後ろ髪を掻いた。


「……王宮から使用人を派遣いたしましょうか?」


 訓練を受けているはずのウルリカが、思わずそんなことを言ってしまうほどの惨状。それを、散らかっているの一言で済ますのは、言葉に失礼である。


 とはいえ、ウルリカ自身もアンナ任せである。アンナがいなければ、婚約破棄後の数年間はこんな惨状になっていただろうけれど。


「そんな! それには及びません」


 申し訳なさそうなルーカスである。


「そう。それで、ここは何処なのかしら? アンナは日本だと聞いたわ」

「ここは、イングランドです。ああ、殿下の世界ではアルビオン王国にあたります」


 窓から見下ろすと、荒廃した町並みがあった。人が消え、手入れのされていない廃墟の数々が自然に呑まれようとしている。


「……ここが、何百年後かのアルビオンですのね」


 手の震えを抑えられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る