招待


 カリンが連れて行かれたのは、王宮だった。


「ここが、わたくしの自宅よ」


 ウルリカがそう告げると、カリンはガタガタと震え始める。


「ま、まさか、貴女は!?」

「ふふっ、そうよ。わたくしは、現王太女で陛下の共同統治者、ウルリカ・レイクロフトですわ。以後お見知りおきを」

「そそそ、そんな方だとは」


 貴族同士は社交パーティー等でよく顔を合わせるが、平民のカリンにはそのような機会がなく、中央銀行の開業式典にも招待されていない。顔と名前が一致しなくとも当然だろう。


「名前も聞かずに付いてくるからよ」


 どうやらサプライズは成功したようだ。ウルリカは満足げな表情で、カリンを応接室に招いた。


「お帰りなさいませ、殿下」

「こちらは、わたくしの学友のカリンよ。そして、こちらはわたくしの王女付き女官のアンナ」

「はぅ……」


 カリンはソファーに背中から倒れ込んだ。


「ご学友の意識がどこかに飛んでしまったようですが」

「わたくしのことを知らないみたいだから、ちょっとサプライズしたくなったのよ」

「やりすぎです。殿下のお嫌いな権力の誇示ではありませんか」

「……そうね。やり過ぎたわ」


 カリンの肩を揺する。


「起きてくださいまし。そこまで驚かせるつもりはなかったのよ」


 アンナもそれに加わる。


「カリンさん、殿下は友達が少ないタイプなので、嬉しくておはしゃぎになられたのです」

「友達が少ないは言い過ぎよ」

「では挙げてください」

「貴女に、ルーカス……?」

「ほら、二人じゃないですか。カリンさんを加えても三人。しかも平民ばっかり」

「ルーカスは公爵よ」

「この前まで平民でした」

「そうね……。考えてみれば、わたくし、貴族の友達がいないわ」


 しかも、同年代の友達は皆無である。一周目でもそうだったが、異性同性問わず、婚活で目が血走っているような十六歳達と仲良くできるような気がしないのである。


 カリンが意識を取り戻す。


「……あの、私、反逆罪とかで処刑されるんでしょうか」

「貴女はわたくしの友達ですのよ。そう簡単に処刑などされませんわ。ねえ、分隊長」

「反逆罪は、王または王族に害をなそうとすることについての罪であります。我々は、誰であれ害意が認められれば、その場で処断し、場合によっては家族を連座で公開処刑できることになっているのであります」

「うぅ……」 


 カリンは再び卒倒した。


「……その定型回答はやめたほうが良いわよ」

「はっ」


 しばらくして、落ち着きを取り戻したカリンに、アンナは紅茶を差し出した。


「すみません、ご迷惑を」

「こちらこそ、怖がらせてしまったわね。せっかくだから、貴女の故郷の話が聞きたかったのよ」

「……ど、どういうことでしょう?」

「貴女は没落貴族を除けば、初の平民特待生だと伺っていますわ。しかも、農村出身者は初めてじゃないかしら」

「そうみたいですね」

「並々ならぬ努力を重ねられたと存じますわ。けれど、婚約相手探しに血眼の同級生に幻滅したのではなくて?」

「……はい。私は最新の農業技術を学びたくて入学しました。ウルリカ様が先生を説得してくださらなければ、何も学べないところでした」

「そう……お役に立てて光栄ですわ。農業系科目を中心に履修を?」

「いいえ、可能な限りすべての科目を」

「それは、すごいわね。わたくしも見習わなければなりませんわ」

「ウルリカ様はなぜ学園へ? 王太女様なら通わなくても良いのではないでしょうか?」

「わたくしは無知を自覚したからですわ。アンナもレッドフォード公爵も色々な知識を持っているのに、少し前まで、わたくしの頭は恋煩いでいっぱいでしたの。無知なまま農業政策を立案するという愚行に走るところでしたわ」

「……王族や貴族の方では珍しいですね。ウルリク前王太女様はまったくご興味がないご様子でしたし……」

「さもありなん。今までわたくしたち貴族や王族は、不作は農民の自己責任という姿勢でしたもの。反省しなければなりませんわね」


 カリンは俯きがちに続ける。


「両親は私を早く王都に出したかったようです。 批判するつもりはありませんが、事実として、このところの不作で農村は地獄です。納税しなければいけない穀物の量は毎年決まっているので、自分達が食べる分まで削って納税しないといけないんです」


 ウルリカは身を乗り出す。


「それが聞きたかったの。中央では納税高で収穫量を把握しているけれど、年々微減程度ですわ。穀類の市場価格も安定していますわよ」

「……それは実態とかけ離れています。ここ数年は不作続きで、九割は納税に回されています」


――九割ですって!?


 ウルリカは絶句した。


「……課税率は三割が目安のはずですわよ」

「正確には、『農地面積あたりの標準収穫量の三割』です。つまり、収穫量が標準の三分の一に減っているのに、標準収穫量は僅かにしか減っていないのです」


 確かに、便宜的に領主が集落ごとに定めた『標準収穫量』での徴税を認めている。それは、現実問題として農地ごとに細かく徴税することは困難であり、集落単位で押し並べて徴税することになるからである。しかし、それは年ごとに生育状況を見て適切な量に改訂するから問題ないのであって、改訂しなければたちまち重いノルマと化してしまう。


 農民は残りを自家消費分に回し、領主も王も自ら消費する分を除いてから市場に放出する。したがって、市場に出回る穀類の量が激減していたのである。


「それは穀物商も店を畳むはずだわ」


 ウルリカは体中から血の気が引くのを感じた。それは、婚約破棄を突きつけられたあの時以来であった。


「アンナ」

「はい」


 ウルリカはアンナに耳打ちする。


「これは国の存亡にかかわる非常に深刻な事態だわ。最優先で国の役人に調査させて頂戴。事態によっては、領主を呼び出さなければならないわ」

「承知いたしました」

「カリン、今日は貴重な話を伺えましたわ。ありがとう」

「……あの、私や両親は、本当に処罰されません……よね」


 カリンは身体を縮こめてそう尋ねた。


 ウルリカは、ポンと手を叩く。


「今日は、次の授業に向けて共に有意義な自習・・ができましたわね」

「自習……?」

「……ということで、正当業務行為にできないかしら」

「……殿下、それは無理があろうかと。『公式の面会にて、忌憚のない意見を求めた』とのみ記録なさった上で、箝口令を敷かれるほうが確実です」

「そうね。カリン、貴女が法で裁かれる可能性は低いけれど、貴族達の面子を潰すことになりますわ。もし、貴女が話したという事実が露見すれば報復される危険があります。今日の話は状況が整うまで口外しないこと」

「はい」

「わたくしも、念のため、貴女からの情報ということは伏せるわ。分隊長、この場で見聞きしたことは秘密にしなさい。命令よ」

「はっ」

「アンナもね」

「はい、もちろんです」

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