学園一不人気な科目


 農業科の校舎に向かう。この場所は相変わらず人気がない。


 ウルリカは講義室に入った。農畜水産学概論の授業である。講義室にいる学生は、ウルリカの他にもう一人だけだった。あれは確か平民の特待生、農村から来ている娘である。


 気の強そうな女性教師が、ツカツカと教室に入ってくる。


「たったこれだけか。冷やかしは結構。今期も閉講する」


 平民特待生は、不満そうな表情を見せるが、貴族の教師に対して文句を言えない様子だった。


「先生!」


 ウルリカが手を挙げる。


「何だお前」

「そんなことを仰らず、ぜひわたくしたちに農業について教えてくださいまし」

「なぜ興味がある。冷やかしなら要らんぞ」

「この国は近いうちに飢饉に苦しむことになりますわ。なぜなら、この授業に興味を持つ貴族がわたくし一人しかいませんもの」

「ほう」

「確かに婚約相手を探すなら、剣術のような華々しい科目のほうが人気ですわね。けれど、それも食糧があってのこと。色恋沙汰にかまけて食糧政策を軽視する国に未来はありませんわ。だからこそ、わたくしは学びたいと考えておりますの」

「よくわかっているじゃないか。その通り。この国は酷い有様だ。農村は疲弊し、生産量は落ちる一方。そして肝心の食糧は国民の口に届いていない。君たちが未来を変えてくれると信じよう」


 教師はこの国の農畜水産分野の研究においては第一人者であった。閉講にして研究に打ち込むつもりだったのにとぼやきながら授業が始まる。


 まずは、国内の現状である。この百年間、それ以前より気温が平均一度下がっている。僅かな変化であるが、これが穀物の収穫量に大きく影響していた。


 次に、この国の農産物について。小麦、ライ麦、大麦などの穀類の他、豆類、カブ、ニンジン、キャベツ、キュウリ、ビーツ、タマネギ、ニンニク等の野菜。果実は北部のベリー類。その中でも自給率のために穀類や豆類は組織的に生産され、その他の野菜は農民が個人的に育てているものが多い。


「四月からは実習もあるからな。それまでに汚れても良い服を用意しておけよ」


 こうして、初回の授業が終わった。


 ウルリカが荷物をまとめていると、平民特待生がウルリカに恐る恐る話しかけてきた。


「あの……失礼ですが、私、カリンといいます。私、王太子様とは、そういう関係ではないんです。ただ、あの時は一方的に言い寄られていただけで」

「話が見えませんわ。何の話ですの?」

「入学式の日、この校舎の裏で泣いておられましたよね。殿下をお慕いしていた、と大声で……」

「えっ? まさか見られて……」

「申し訳ありません、いち早く学園の畑が見たくて、その……聞くつもりはなかったんです」


 つまり、カリンのいう王太子様とは、ウルリカのことではなく、前王太子のことである。


「それは、お見苦しいところを……」

「私、あの日、本当に、王太子様には一方的に話しかけられていただけなんです。私は貴女様の恋愛を邪魔するつもりなんて微塵もなかったんです。それなのに、それ以来顔を見なくなり、きっとショックで寝込んでおられるのかと。申し訳ありません、お名前を知らないので、ご説明もできず――」


 カリンはウルリカに比べると華奢で、華やかさもない。しかし、道ばたに咲く小花のように素朴な愛らしさがある。亜麻色でウェーブの掛かった癖毛、どこか幸薄そうな雰囲気でいて、芯の強いグリーンサファイアのような瞳。


――ああ、あの方はこのような外見の人が好みだったのね。道理で相手にされないわけだわ。結局、わたくしは何も知らなかったのね。


 ウルリカは内心自嘲し、溜息をついた。


「わたくしが、半年もショックで寝込んでいたと思ってらっしゃったの?」

「……違うんですか?」

「ええ、安心して頂戴。あの人にはわたくしも一方的に想いを寄せていただけなのよ。それに失恋程度で半年も寝込まないわ」


 ……実際には、一周目の人生で七年も引き籠もったのだが。


 ウルリカの言葉を聞いて、ほっとした表情を浮かべるカリン。それにしても、ウルリカのことをまだ現王太女だと認識していないとは。


 ウルリカの心に少しだけ悪戯心が湧く。


「気に入ったわ。カリンと言ったわね。ぜひ、わたくしの家にいらっしゃい」

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