第四章 学園編

久々の登校


 年が明け、一月下旬。学園は今日から春学期である。皆は学友との久々の再会に喜び合っていた。


 久々に制服に袖を通したウルリカは、意を決して校庭へと足を踏み入れた。ウルリカ自身すっかり忘れていたが、彼女は今も学生の身分であった。


 一周目の人生では二十六歳だっただけに、つい二十六歳の気分で日々を過ごしてしまうのだが、この身体は十六歳なのである。しかし、この制服を着ていると、度々、鏡を見なければ不安になる。いつの間にか、二十六歳になっていないだろうかと。年齢に合わない装いほど恥ずかしいものはない。


 この頃になると、男女ペアで行動する一年生がちらほらと見られるようになる。大抵は、めでたく婚約を交わしたカップルである。彼らは勝ち組と言っても差し支えないだろう。


 学園は基本的には貴族の子女が通う学びの場であるが、実態として熾烈な婚活の場となっていた。というのも、この国では、正式な婚約は十六歳で交わされることになっているからだ。幼児期からの政略的な婚約には問題が度々発生し、あるとき大きな内紛に発展した教訓から、許嫁がいたとしても、正式な婚約は十六歳まで待たなければならないということになった。そして、十六歳となった学園一年生は、家の期待を一身に背負いながら、より良い婚約相手の争奪戦に明け暮れることになるのである。


 ウルリカの一周目の人生では、入学式の日にいきなりウルリク王太子の寵愛を得たため、ウルリカがその争奪戦に参加することはなかった。当時のウルリカは溢んばかりの恋心を彼に注いで盲目的になっていたが、今なら分かる。彼は争奪戦に興味がなく、学園生活の三年間、露払いできるならば婚約相手は誰でも良かったのである。それには、公爵令嬢のウルリカが適任だった。


 どうしてそれが分かるか?


 なぜなら、今、ウルリカは露払いの必要性を心底感じていたからだ。


「王太女殿下! 俺とエクセレントなティータイムでもいかがですか」

「王太女殿下! 君の目は太陽より美しい」

「いや、夜闇を照らす、し、静かな、海辺の、満月のようだ!」


 婚活にあぶれた残念イケメントリオに言い寄られていたからだ。


 そしてこの残念な誘い文句を聞いていれば、こいつらがあぶれた理由も分かるというものだ。


 けれど、何ヶ月か前、恋愛感情ではないとはいえ、脈絡なくルーカスをお茶に誘った失態を思い出して、顔が赤くなる。決して、こいつらの口説き文句に心を動かされたわけではない。


「あら、わたくし、学園には婚約相手を探すためではなく、学びに参りましたの。道を空けてくださいまし」


 ウルリカが照れて顔を赤らめたのだと勘違いした彼らは、押せば行けると、なおも言い寄ろうとする。


「ぼ、僕が真実の愛を見せてあげるよ」


 辟易したウルリカは、近衛兵に命じる。


「近衛兵」

「はっ」

「彼らの口説き文句についてどう思うか、人生の先輩として説明して差し上げて」

「ゴミであります。真実の愛とは、真に相手のことを考えること。故に、軽々しく口に出す言葉ではないのであります」

「だそうよ。分かったら道を空けなさい」


 その言葉は、何故かウルリカの心にもズキリと突き刺さった。一度でもウルリク殿下のことを思い遣っただろうかと。その意味において、真実の愛はそこにはなかったのだろう。


 ウルリカは、小声で近衛兵に言う。


「貴方、意外と辛辣なのね」

「……あれは学園時代の自分を思い起こすのであります」

「奥様とは学園で?」

「ええ。お互い売れ残り組であります。自分も真実の愛などというものを語れる自信はありませんが、結果的に最高の人と結婚できて良かったのであります」

「羨ましいわ」

「殿下にはレッドフォード公爵がおられるではありませんか」

「貴方までそんなことを。あの方とは、そういうのではないわよ」

「失礼いたしました。そういうことには時があるのでありますね」

「もうやめて頂戴」

「はっ」


 近衛兵はそういうものの、その口元はにやけていた。

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