次への準備
開業後初の週次理事会。
この理事会では、開業式典の成果報告と、次のステップが議題であった。
「それにしても、ハンデル理事の提案のお陰で好評ですわね。開業初週で、口座開設数は既に千人に達しようとしていますわ。来月には三千人、王都の人口の三割に達しますわね」
モーナは少しはにかむ。
「ありがとうございます」
クロックルンド伯爵も賛同した。
「一般平民、特にご婦人方をターゲットとしたのは実に的確ですな。一セント銀貨などという忘れ去られた存在を活かしたのも実に良い」
銀貨を一セント単位で記帳できるようにしたのも大きな成果であった。歴史的には純度を低めた一セント銀貨というものは存在したが、もはや流通していない。
「私たち庶民は日常的には銅貨しか使いませんが、銅貨通帳と銀貨通帳に分けてしまっては事務が煩雑になりすぎますからね」
モーナの言葉通り、庶民の日常通貨としては専ら銅貨が流通している。しかし、通帳に記帳するだけなら、銅貨を裏付けとした、物理的に存在しない一セント銀貨の残高でも良いのである。ルーカスによると、これも一種の『預金通貨』と呼ぶらしい。
「けれど、新通貨の導入の際には複雑になりますわね」
「はい。だからこそ、新通貨用の『普通預金口座』も同時に開設し、通帳の最後に数ページだけ『普通預金口座』の専用ページを用意する形にしました」
「数ページで足りるのかしら」
「そこが狙いです。もし新通貨が普及すればすぐにページが埋まりますから、そのタイミングで『銀貨預金から普通預金に切り換えませんか』と案内するのです」
モーナの狙いを聞き、ウルリカは感嘆する。
「少し貴方が怖いわ。商人はそこまで読んでいるものなのね」
「全体最適を目指す政とは異なり、商人は自らの利益を誘導するだけです。容易いことです」
すると、クロックルンド伯爵が切り出す。
「ところで、新通貨といえば、そろそろ『国の豊かさ』の指標を考えてゆかねばなりませんな」
「ええ。給与の振り込みに使われるようになるまでは、納税ベースで考えるしかありませんわね」
資料から、納税量の推移を見る。
金納なのはアウヴィネン侯爵領をはじめとするいくつかの領である。それらは貿易量の減少とともに著しく低下している。一方で、農地の多い領は物納が大半で、その量は毎年微減であった。
「貿易の落ち込みは激しいけれど、農村はまだ豊かなのね」
部屋が静まり返った。
「ご存知な……。コホン。そういえば農作物といえば南離宮時代からの前庭の花が――」
クロックルンド伯爵が、気を遣って話題を変えたのが分かった。無知だと思われたのだとウルリカは察した。
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次の章からは、無知を実感したウルリカが、学園で農業技術を学んで行きます。もしお気に召しましたら、ぜひ作品フォロー、★で応援よろしくお願いします!
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