汚れても良い服


 月日は巡り、春。


 冬の間に各領に調査に出向かせた役人達は、浮かない顔で帰ってきた。分かったのは、どうやらカリンの話は事実のようだということだけで、明確な証拠を掴むことはできなかった。秘密裏の調査である以上、帳簿などの立ち入り検査は行えない。収穫から時間が経ちすぎており、藁の量すらも確認できなかった。農民達も処刑を恐れて口が堅く、酒に酔わせてようやくポロリと証言が出た程度であった。それでは証拠として弱すぎる。


 結局の所、次の収穫を待つしかない。ウルリカにとっては大きなタイムロスだった。そして、何も解決策を見出せないまま、実習授業の日がやってきたのであった。


 ウルリカはクローゼットから青色のシルクの服を選ぶ。


「失礼ながら、殿下。本日は汚れても良い服が必要なのでは?」


 と、アンナ。


「これでいいわ。ちょうど新しいものを買いたかったところなのよ」


 ウルリカがそう答えると、アンナは開いた口が塞がらないといった表情で、ウルリカを制止した。


「……殿下。そういう悪気すらない金持ちムーブは庶民に嫌われますよ」

「あら、そうなのね」


 きょとんとするウルリカ。


 没落しかけの公爵家だったとはいえ、公爵家は公爵家。台所事情が厳しくとも、服に不自由することはなかった。ウルリカにとっては服は空気と同じだったのだ。


 アンナは別の服を差し出した。


「こちらをお召しください」


 ベージュや紺。その服はパン泥棒の調査に使用したお忍び用の服に似て、地味な色合いだった。


「……お忍び用の服かしら」

「いいえ、こちらは農業用の作業服です。ズボンですがご容赦を。ズボンのほうが農作業に向いておりますので。そして、専用の長靴もお召しください」

「こんな珍奇な服、いつの間に用意したのかしら」

「こんなこともあろうかと用意しておきました。異世界の公爵令嬢といえば、農作業ですので」


 アンナはニヤリと白い歯を見せた。

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