中央市場


 一行は、中央市場を通り抜ける。露天商達が商品を並べ、賑わってはいるが、商人達の顔は皆暗い。


 憲兵が空き店舗を指差した。


「あそこが、例の穀物商の店だったんですが、閉店しちまって。店を売りに出してるんですが、まだ売れてないんですよ。こういう空き店舗は治安を悪化させるってんで、俺たちも困ってるんですが」


 張り紙を見てウルリカは尋ねる。


「金貨五枚? これは高いのかしら?」

「いや、この立地なら破格も破格ですよ。むしろ捨て値です。今は不景気だもんで、どこもかしこも早く手仕舞いしたいんじゃないんですかね」

「あら、でも、あっちの店は繁盛しているわよ」


 通りを挟んで反対側に、行列のできる三階建ての木造店舗があった。


「あー、あれは新興のレッドフォード商会ですね。あそこの会頭はいい人ですよ。この世の終わりを見たような顔をしてますけど、貴族にも平民にも誠実に商品を売ってくれるんですよ。まあ商人にしちゃ珍しいタイプですね。だから人気なんです」

「まあそうなの。彼は雇ってもらえなかったのかしら」

「あの店は、聞いた話だと有給休暇とやらがあるんで、競争率が高いんですよ。俺たちだって有給休暇が欲しいぞ、チクショウ」


 そうこうしていると、空き店舗に初老の男性が見回りにやってきた。


「あ、例の元穀物商ですよ。店跡の様子を見に来ました」

「少し離れていてくださいまし」


 と護衛二人に告げる。


「ごめんくださいまし。貴方がハンスを雇っておられた穀物商の方ですの?」

「どうして彼について?」


 穀物商は穏やかな口調だが、眼光は鋭い。


「わたくしはただの町娘のリッカですわ。こちらはわたくしの友のアンナ。実は彼の勤務態度が知りたくて、素性を調査しておりますの」


 穀物商の男は一瞬怪訝そうにウルリカの顔を見た後、足元を見て、ああっと納得したように笑顔を見せた。


「使用人を探されているのですね? それだったら、是非雇ってあげてください」


 ウルリカの立ち振る舞いが、かえってお忍びで使用人候補の素性を調べる貴族に見えたらしい。


「彼はね、勤勉で、家族思いの良い奴なんです。まあ、声はデカいし、手は不器用だし、ちょっと困るところもあるんですけど。ここのところは、もしかしたら悪い噂も聞くかもしれませんが、彼も家族を養うのに必死なんですよ」

「……ええ、そういう話も小耳に挟みましたわ」

「そうでしたか。不況でもなければ、ずっと雇っていたかったんですけどね、商品も金もないのでね……。この店舗が売れなければ、もう私も破産せざるを得ないのです」


 穀物商は深い溜息をついた。


「お話、感謝しますわ」


 一礼して、ウルリカとアンナは再び護衛達に合流する。


「彼が捕まったことは知られていないのね」


 ウルリカの問いに、憲兵は頷く。


「はい。俺たちの中では秘密にしています。まあ、風の噂で知っている奴もいるでしょうけど」

「彼の家族に会わせてくださるかしら」


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