調査開始
ウルリカは地下牢で聴取する。
しかし、ハンスというという名前であること以外、彼は頑なに話そうとしなかった。近衛兵達は拷問してでも聞きだそうとしたが、それはウルリカが止めた。
本人から聞き出せないなら、周囲から聞き出すしかない。
執務室に戻ったウルリカは、机の上の書類を片付け、外套を纏う。
「アンナ、王都を調査するわよ」
「殿下……極めて危険な調査となります」
アンナは少し不安げにそう言った。
「ええ、分かっているわ」
「どうしてあの男を救うのでございますか?」
「『ございます』は不要よ。貴女は王女付き女官ですわ。あまりへりくだらないで」
「……どうして救うのですか?」
「そうね、造幣局長のクロックルンド伯爵を覚えているかしら」
「一週目の世界で、ウルリカ様の青の髪飾りを没収から守ってくださった御方でござ……御方ですね」
「そう。わたくしはあの方に恩があるのよ。あの方は派閥が異なるのに、唯一公正に弁護してくださったわ」
「結局、連座は避けられませんでしたが」
「けれど、それだけで心が救われたのよ。あの方のおかげで、最期まで人間というものに希望を失わずに済んだわ。もう一周目のあの方には恩返しはできないけれど、こうして恩を送ることはできるわ」
「分かりました。ところで、殿下」
「何かしら」
「その服装で調査に向かわれるおつもりで?」
「ええ」
きょとんとするウルリカは、華美な宮中ドレスを身に纏っていた。とはいえ、日常用の簡素なものである。生地の質で差はあるものの、その辺の男爵令嬢の外出着とそう大きくは変わらない。
「いけません。さすがにリスクが大きすぎます」
「そうかしら? 素性を隠すのは相手に不誠実よ」
「……その純真さは他に向けてください」
こうして、お忍び用の衣装に変装することとなった。王宮のクローゼットにはカーキ色の地味な衣装も豊富にある。前王家が残していったお忍び用の衣装である。
変装したお互いの姿を見て、二人とも同時に吹き出した。小柄なアンナは完全に服に着られているし、ウルリカは明らかに袖が短い。二人に合うサイズの衣装がなかったのである。
「何ですか、殿下」
「ふふっ、よく似合っているわ」
「どういう意味なんです?」
「ふふふふっ」
「そう仰る殿下こそお似合いですよ」
「そうかしら」
くるりと優雅に回ってみせるウルリカ。
「立ち振る舞いが合っていませんが」
「ふふっ、言うようになったわね」
「対等な言動をお望みでは?」
「ええ、とても嬉しいのよ。さあ、参りましょう」
二人は裏口から街に出る。大人数では目立つが、さりとて牽制は必要である。制服の国家憲兵と、国家憲兵に変装した近衛兵一人を引き連れることにした。
「あれ、貴方どこかで?」
ウルリカは、憲兵に声を掛ける。
「いえ、はじめましてじゃないですかね」
「そう。気のせいかしらね。今日はよろしくお願いいたしますわ」
「こちらこそ。しかし、あいつ、王宮なんかに盗みに入ったんですか。家族もいて悪い奴じゃないんです。見逃してやってくださいませんか」
すると、近衛兵が割って入る。
「お前、王太女殿下に不敬であるぞ」
憲兵の服を着た若い近衛兵が、年上の本物の憲兵を窘める。中々奇妙な光景である。
「わたくしは、町娘のリッカですわ」
「口調」
今度はアンナがウルリカを窘める。
「そうでしたわん?」
「……リッカ、変に誤魔化すよりは普通にするほうがマシですよ」
「そうね。話を続けましょう。それで、彼には家族がいるの?」
「……でも、連座になるんじゃ」
「彼を弁護するために事情を調べているのよ」
「どうして殿下……リッカ様が彼の弁護を?」
「事情も知らずして罰するのは間違っているわ。結果として処刑されることになったとしても、わたくしたちは知るべきよ」
憲兵は信じられないようなものを見る目つきでウルリカを見た後、恐る恐る話し始めた。
「……分かりました。あいつは元々穀物商の出張販売員をやっていたんですよ。俺たちの駐屯所にも売りに来ていたんで、顔見知りなんです。王宮にも出入りしていたって話なんで、それなりに、信頼されていた奴なんです。ただ、不景気に不作でしょう? 穀物商が店を畳むってんで、クビになって。新たな職も見つからず。奥さんと子供を養うのに困って、盗みに手を出したんですよ。俺たちも事情を知ってるもんで、注意だけして見逃してやっていたんですよ」
ウルリカは考え込んだ。憲兵が見逃したことが、結果的には大きな犯罪を招いたともいえる。もし今回も彼を釈放すれば、彼はさらに大きな犯罪に手を染めるだろう。かといって、近衛隊長の言うように彼を死刑にすれば解決する問題なのだろうか。それもまた違う。
「しっかし、王宮に盗みに入るなんて。馬鹿ですよ。あいつどうなるんですか?」
「わたくしからは何も言えないわ。けれど、楽観はできないわね」
「俺達にしたらね、はっきり言って、こんなになるまで放っている国が悪いんですよ」
「おいお前! 口を慎め、平民」
「平民だろうが何だろうが、俺たちは街を守ってんだ。見ろよ! 街はどんどん荒んで行ってんだろ! お前らは一体何をしたってんだ。だいたい、国に仕える俺らが、近衛のお前らに命令される筋合いはねえんだよ」
すると、近衛兵が剣に手を掛ける。憲兵も剣に手を掛ける。
「おやめになって。ここで殺し合いをするなら、二人とも王族に対する反逆罪で告発いたします。分かったなら、剣から手を離しなさい。これは命令です」
二人とも不服そうに剣から手を離す。
ウルリカは、近い将来の飢饉の後、国家憲兵がクーデターを起こし、失敗することを知っている。平民が数多く所属する国家憲兵の行動原理は、国のために王族を守ることではなく、国のために街の平穏を守ることなのである。
「わたくしは今、ただの町娘リッカとしてお話を伺っておりますのよ。自由な発言を許します」
「……はい」
不服そうな近衛兵である。
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