第一回理事会


 ウルリカはアンナと近衛兵を引き連れて、中央銀行への改装が進む元南離宮にやってきた。


「お帰りなさいませ、殿下」


 使用人達が一列に並び、ウルリカを出迎える。


「ありがとう、皆の働きに感謝しておりますわ。これからは、『おはようございます、総裁』でよろしくてよ。執務に励んでくださいませ」


 一階は本店営業部である。


 広い通路には、あちらこちらから金槌の音が響いている。


 元ダンスホールには窓口が設置され、執務机が搬入されている。至る所に案内サインが設置され、描かれた矢印の形はいつか異世界で見た「ダイエー矢印」である。


――アンナの、いえ杏菜の趣味ね。


 とクスリと笑う。


 デザインの発注を担当したのは、彼女だからである。


 赤じゅうたんの階段を上り、二階の理事会議室に向かう。


 もとは王族の私室の一つであったこの部屋には、『理事会議室』のサインが設置されていた。


 装飾の施された豪華な扉の前に立ち、深く息を吸う。


「さあ、ここからですわね」


 自らの手で扉を開いた。


 中にいた二人が立ち上がって、ウルリカを出迎える。


「おはようございます、総裁」


 二人が声を揃える。


 ウルリカは微笑んだ。


「おはようございます。クロックルンド伯爵、ハンデル理事、この度は理事就任をご承諾頂き感謝いたしますわ」


 そこにいたのは、常勤理事のクロックルンド伯爵と、非常勤理事のモーナ・ハンデルである。


 ウルリカが推し進めた法改正により、モーナも理事就任を承諾したのである。


「どうぞ、掛けてくださいませ」


 そう言って、ウルリカも席に着く。


「まずは、今後の大まかな方針を決定したく存じますわ。短期的には預金サービスへの参入、中期的にはレッドフォード公爵領での紙幣の実証実験を進めて参ります。この実証実験が成功したら、長期的には、国債を引受けて紙幣の発行を進めていきたいと考えておりますの」


 その点に関しては異議は出ない。


 しかし、クロックルンド伯爵が懸念を表明する。


「しかし、預金業務も為替業務もギルドがすでに行っていることです。ただ漫然と始めるのでは、話題にもならないのではないですかな」


 すると、モーナも同意した。


「独自性を打ち出す必要があると思います」

「そうですわね。まず、この預金サービスは、国民皆のためのものですわ。ギルドの預金や為替のサービスは、商人しか使えないのではなくて?」

「つまり、商取引の資金決済が目的のサービスではないと?」

「ええ。もちろん決済にも使えるけれど、あくまでも国民の貯金を預かるというスタンスが基本になりますわ。当然、送金も商取引に限定せず、仕送りのような個人間の送金にも使えることが大前提ですわね」

「だとすると、ギルドのサービスとは似て非なるものですね。ギルドはあくまでも商取引に伴う資金決済が主な目的ですから」


 クロックルンド伯爵は頷く。


「商人達にとっては利用するメリットが薄いといえますな」

「その点に関しては、あまり懸念しておりませんの」

「ほう」

「個人に普及すれば、いずれ給与の支払いに使用されるようになりますわ」

「確かに給金の管理は商人の悩みの種ですからね」


 モーナの言うとおり、給金は手形で決済できない支払いの中でも三本指に入る規模である。それなりの量の手許現金を管理しなければならないということは、相応の管理コストが発生することを意味する。もし、銀行に振込依頼書を月に一度提出するだけで済むなら、その手間は大幅に削減される。


「そして、本丸はギルド間の資金決済に使用されるようになることですわ。これは、ギルドを地域の商業銀行として育てていけば、いずれはそうなるわね。最終的に、中央銀行としては、個人口座を商業銀行に移管して、商業銀行相手の取引だけに集中すれば良くなるはずですわ」

「ふむ。まるで、未来を見てきたかのような口ぶりですな」

「あら、未来を見ているのは、わたくしというよりも、あの字の下手な御方ですわ」


 ウルリカはルーカスのを顔を思い出して、思わず笑みを漏らす。


 モーナが尋ねた。


「口座の入出金記録は『通帳』というノートに控え、口座の持ち主に渡すのですよね」

「ええ、そうですわ。帳簿を持つ商人ならともかく、個人が取引内容を覚えておくのは無理がありますもの」

「実は、その通帳を使った良いプロモーション案があるのです」

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