宣告


 そこは何てことはない街中のカフェテラス。貴族の訪れる店ではあるが、高級店というほどでもない。しかし、殿下と共にいられるならどこでも構わなかった。


「ずっと、こうして一緒にいたいですわね」

「……すまない」

「え? あっ、それはお忙しい身ですものね」


 殿下はお忙しい身。こうしたデートは週に一度。しかも毎回一時間ぐらいである。


 だが、殿下は気まずそうに首を横に振る。


「違うんだ」

「……どういうことですの?」


 その答えを聞くまでもなく、ウルリカは殿下の表情からすべてを悟ってしまった。いや、本当は馬車に乗った時点で感じていたのかもしれない。もしかすると、ずっと前から。


 もう、終わってしまうのね。


 唇を噛む。ただ、一縷の望みにかけ、殿下の言葉を待つことしかできなかった。それはまるで死刑宣告を待つ罪人のような心境だった。


 殿下が口を開く。


「ここに真実の愛はない。故に、ウルリカ・レイクロフト。この時を以て婚約を破棄する」


 真実の愛はない。


 ……真実の愛はない。


 ……真実の愛。


 血の気が引き、目の前が真っ白になる。身体の芯が冷えていくのを感じた。


 しかし、頭だけは妙に冷静だった。この展開に、何も意外性はなかった。腹落ちできる、予想通りの言葉。予想通りの結末。すべてが終わってしまった。ただ、それを確認しただけだった。


 もちろん、婚約を一方的に破棄することはできない。ウルリカが頑なに婚約破棄を拒否すれば、婚姻すること自体はおそらくできるだろう。恐らく、第二、第三夫人としてならば。しかし、どんなに醜く抵抗しても、もう彼の寵愛を得られないのだという事実が重くのしかかっていた。そんなことに何の意味があるだろうか。


「……承知いたしました。正式な手続きは、家を通してくださいまし。……沢山の幸せを頂きありがとうございました」


 やっと捻り出せた言葉がそれだった。


 ウルリカは衆目の中、一人立ち上がり、銀貨を一枚投げ捨てるように置くと、カフェテリアを後にした。ほんの少しだけ、殿下に呼び止められないかと期待したが、それすら叶うことはなかった。


 どれだけ歩いたのだろう。


 帰宅する頃には、顔は涙でボロボロになっていた。


 ウルリカのただならぬ様子は、即座に両親に伝わった。両親はおろおろとしながらウルリカを抱きしめた。




 ウルリカが首尾を説明すると、父の顔は熱した鉄のように真っ赤になった。


「なんて奴だ! ウルリカがどれだけ愛しているか知っていただろうに。行くぞ! 撤回させに! 決闘だ! いや、革命だ!」


 護衛騎士の剣を奪い、剣を突き上げる。


 普段は温厚な父が、頭から湯気を立ててキレ散らかしている。それは逆にウルリカを冷静にさせた。


「……お父様、おやめになって。お父様なら、お母様に『真実の愛はない』とまで言われたなら、それ以上、食い下がりますの?」


 少し思案を巡らせた後、父は咽び泣くように答える。


「もちろん受け入れるさ。身を引くのもまた愛だよ」


 そして、護衛騎士に剣を返した。


「蛙の子は蛙ね」


 呆れ顔を浮かべつつも、母は再びウルリカを抱きしめた。


「貴女の幸せな結婚を願っているわ。家なんてどうでもいいの。貴女が望むなら、平民でも良いのよ?」


 それは貴族、元王族としてはあるまじき価値観だった。けれど、ウルリカはそんな両親が大好きだった。それでも――。


「わたくしは、殿下が……ウルリク殿下が良かったの……」

「そうね。今、本当に辛いのは貴女なのだから、今日はもう休みなさい」

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