立太子
慌てて身を起こすと、その板状の浮遊体は、ウルリカの体勢に連動して移動する。
その板状の浮遊体の表面には、光を放つ文字や図が浮かんでいた。最上部には、アルビオン語で『開発者コンソール』と記されている。その下では、切り分けたパイのような図やギザギザの線がピョコピョコと踊っている。そして、最下部には、アルファベットで構成される文章が高速で流れ続けていた。
「これは……スムサーリン語……ではありませんわね。アルビオン語?」
――クライアント〇〇一:ホログラムチェンバーのエミッター出力は正常範囲内です。
――クライアント〇〇一:最後の色校正から一ヶ月が経過しています。色校正を実施することを推奨します。
――監査結果:アカウント認証が成功しました
「何のことかさっぱりだわね」
ありがたいことに、どうやら世界は傷心のウルリカを休ませてはくれないようだ。
その時、どこからともなく女の声が聞こえてきた。
『機能「課金誘導パターン01テスト」を実行します』
「!? どなたですの?」
ウルリカは周囲を見回すが、そこには誰もいない。ベッドの下にも、タンスの裏にも、クローゼットにも誰かが潜んでいるような様子はなかった。
しかし、その声はウルリカに答える。
『
耳を澄まして方角をさぐるが、顔をどこに向けても聞こえてくる声の大きさは同じであった。まるで耳元で話されているかのような気味悪さを覚える。
「貴女は、どこにおられますの? お姿が見えませんわ」
『このインスタンスではHoCOSにビジュアルエージェントが設定されていないため、投影することができません』
「……? つまり、姿を見せられないということですのね」
『その通りです』
お伽話の妖精のような何かなのだろうか。この世界に妖精がいるとは聞いたこともないが。
「では、開発者コンソールとは何でして?」
『開発者コンソールは、HoCOS上で実行されるホロプログラムのデバッグに使用されるユーザーインターフェイスです。このコンソールを使用して、システムの――』
確かにHoCOSと名乗る女はスムサーリン語を話している。そのはずなのに、何を言っているのか全く理解できない。これはウルリカにとって困惑を深める事態だった。
「ごめんなさい、何のことかさっぱり――」
ウルリカの言葉を遮るように、女が言った。
『機能「課金誘導パターン02テスト」を実行します』
「課金? 一体、何ですの? わたくしが何か間違ったことを?」
次から次へと起こる事態に、ウルリカの頭はパニック状態に陥った。
ウルリカは、ふと開発者コンソールに「デバッグ停止」と書かれた、明滅する赤い四角形を見つけた。確かアンナは、開発者コンソールに指先で触れていた。
「と、とにかく、この『デバッグ停止』とやらに触れれば良いのかしらね?」
ウルリカは腕を伸ばし、恐る恐る指先を『デバッグ停止』に近づける。
そのときだった。
開発者コンソールと指先の間に割って入るように、いきなり新たな浮遊体がポップアップした。
『立太子』
そう書かれた巨大な四角形が、ウルリカの指先に触れていた。直後『立太子』の四角形が黄金色に輝き始めたのである。
「わたくし、一体何を!?」
――そして今に至る。
「お母さんね、お母さんね! 女王になっちゃったわ!」
部屋に飛び込んできた母親は、声を裏返しながらそう告げた後、そのままウルリカの腕の中に卒倒してしまった。
続々と使用人達が後を追ってウルリカの部屋に集まってくる。
「一体どういうことですの?」
すると、杖をついた白髪の執事長が小刻みに震えながらウルリカに告げる。
「お嬢様、おち、お、お落ち着いてお聴きください」
「大丈夫よ。貴方が落ち着きなさい」
「たった今、緊急の報せが入りました。『シェルンヘルム王家の一族が国外に追放された』と」
「なんですって!?」
ウルリカの手から、自称女王陛下が床に転がり落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます