「金」の価値


 ルーカスの問いに、ウルリカは即答した。


「それは当然ですわ。準備金の量は国家の威信ですもの。それを失ったとき、国は滅びるのは当然の成り行きです。貴方も『自滅』すると仰ったではありませんの」


 ルーカスは、白い歯を見せる。


「ええ、何も準備しなければ自滅します。しかし、こう考えてください。では仮に今この瞬間、国内の金や銀や銅がすべて消滅したら、国はすぐに立ちゆかなくなりますか?」


 ウルリカは想像する。もし今アンナが開発コンソールを使って、街から根こそぎ金銀を消し去ったなら。おそらく、大混乱が発生するだろう。商品は売買できなくなる。しかし、お金がないからといって、皆が目の前にあるパンを諦めるだろうか。そこで、思い当たる。


「……いいえ、少なくとも農民は生きていけますわね。畑と収穫物がありますもの。収穫物をそのまま対価にできますわ。パンを作らせることもできるでしょうね」


 ルーカスは頷く。


「そうです。金がなくても人は消えません。人が消えないということは、内需も消えません。需要がある限り生産は続きます」

「けれど、通貨がなければ売買できないのではなくて?」

「そうですね。では、きんを通貨たらしめる価値とは何でしょう?」

「それは、希少性ですわ。世界の中でも金鉱山は限られますもの。もし金の大鉱床が発見され、鉄と同じ希少性となってしまえば、たちまち通貨としての価値を失いますわ」

「そうです。希少性こそが金貨の価値なのです。逆にいえば、希少性さえあれば、通貨の価値の裏付けは何でも良いということです」

「……! では、この『霧の結晶』でも通貨の代わりになるということですの!?」


 ウルリカは自らのブローチに触れる。これは、レイクロフト公爵領の宝石鉱山から採れた宝石である。宝石としての価値はともかくとしても、このサイズのものはかなり希少だった。


「そうなります。もっといえば、物理的な存在である必要すらない」

「……!」


 ウルリカはハッとして、アンナをチラリと見る。この世界は虚ろな世界。ウルリカ自身も虚ろな存在である。そもそも、この世界の金も銀も実在しないのである。けれど、アンナとの信頼関係は確かに存在する。実在しないものにこそ価値がある。それは紛れもない真実だった。



「これからお話しするご提案は、紙の貨幣、『紙幣』を発行することです。これで国内経済が回るようになれば、殿下は大胆に国庫の金を輸入に充てられるようになります」


 ルーカスはそう言って、鞄から一枚の紙、そして、見たことがない形のペンを取り出した。

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