アドバイス


 ウルリカは国庫備蓄の現状と、今後の試算についてルーカスに説明した。もちろん火薬については伏せて。


「――わたくしは近い将来、飢饉が来ると見ておりますの。五年後に三年間の飢饉が来ると想定してアドバイスをお願いできるかしら?」


 ルーカスは少し考えた後、重々しく口を開いた。


「残念ながら、これから五年掛けて、国庫の準備金貨をすべて輸入に充てるしかありません。公務員の雇用を維持したままという前提ならば、税収はアテにできません」

「けれど、それでは、一年半分を確保できるかどうかですわ」

「それでも、三年間食事の量を半分で我慢すれば、餓死は避けられましょう」


 ウルリカは、ルーカスの目をじっと見た。きっと、彼は嘘をついていない。有給休暇という画期的なアイデアを思いつく彼がそう言うのだから、それ以上のアイデアは出てこないだろう。


「やはり、それしかありませんのね。アンナ」

「はい」

「準備を進めるわよ。国庫準備金を使用する手続きを確認して頂戴」

「承知しました」

「ありがとう、ミスター・レッドフォード。これで覚悟が決まりました」


 それを聞いて慌てたのはルーカスだった。


「そ、それでは自滅しますよ。構わないのですか?」

「当然よ。民を飢え死なせることを考えれば、自滅など安いものですわ」


 毅然と言い切るウルリカに、ルーカスはあたふたとする。


「申し訳ありません、殿下。そこまで覚悟なさっているとは思いませんでした。しかし、国が自滅すれば、苦しむのは民でございましょう」


 ウルリカは目をぱちくりさせた。


「あら? それでは他にアイデアがあるのかしら」

「はい。その前に、問題を一つ一つ分解してはいかがでしょうか?」

「分解……ですの?」

「ええ。殿下はゼロか百かでお考えですが、いくら不作であったとしても、生産高がゼロになることはありません。例えば、収穫量が半分なら、食事の量を半分にすれば良いだけです」


 目から鱗が落ちるとは、まさにこのことであった。ウルリカは国民の食糧をすべて工面しなければならないと思い込んでいたが、本来、国は不足分を補うだけで良いのである。


「……確かに、そうですわね。けれど、それならば、どうして飢饉では死者が出ますの?」

「流通に問題があるか、誰かが買い占めているか、元々充分な量を食べておらず半分では餓死してしまうということになります」

「……なるほど」


 ウルリカは一周目の人生で飢えた記憶がない。飢饉の間も、いつもと変わらずパンを食べていた。しかし、そのうちの何割かは、本来、餓死した人々が口にするべきものだったのだろう。後悔の念が押し寄せる。


「そして、もう一つの問題は、なぜ不作が続くのか、むしろなぜ増産できないのか、ということです。もし増産できれば、輸入に頼らずとも国内だけで国庫備蓄を満たせるかもしれません」

「それはここ百年ほどの寒冷な気候が原因ではなくて?」

「それが主な原因ならば、天候に恵まれた昨年も不作なのはおかしくありませんか? それに、寒さに強い穀物や代わりとなる作物もあるはずです」

「……確かにそうですわね」

「そのほかにも、民間に備蓄能力がないのが気になります。確かに商人は在庫を抱えたがりませんが、しかし、数年は価値の落ちない全粒穀類は別です。つまり、備蓄したくても適した土地がない、あるいは大量輸送を行う手段がないのかもしれません」

「王都は盆地ですわね。王都に届けるには山を越えなければなりませんわ」

「そして、最後に――」


 ルーカスは、目を細めた。


「――国庫の金貨や金の延べ棒を失えば国の終わり、というのは本当でしょうか」

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