新進気鋭
応接室に現れたのは、仕立ての良いジュストコールを着た長身の男だった。商人にしては珍しく装飾類は皆無であるが、上級貴族の衣服に使用されるような質の高い生地が使われているところを見ると、彼が裕福であることは明らかであった。
彼はウルリカの前で跪いた。
「殿下。この度は、お目にかかる機会を頂き、誠にありがとうございます。レッドフォード商会会頭のルーカス・レッドフォードと申します」
ウルリカは微笑んで応じる。
「わたくしは、王太女で女王陛下の共同統治者、ウルリカ・レイクロフトですわ。さあ、おかけくださいまし」
しかし、ウルリカは彼の纏う独特の雰囲気が気になった。まるで、生きる希望を失ったような目。それは、飼い主を失い、雨に濡れながら街を彷徨う、痩せ細った犬のようだと思った。
ふと憲兵の言葉を思い出す。
『あー、あれは新興のレッドフォード商会ですね。あそこの会頭はいい人ですよ。この世の終わりを見たような顔をしてますけど、貴族にも平民にもちゃんと商品を売ってくれるんですよ。まあ商人にしちゃ珍しいタイプですね。だから人気なんです』
これがその『この世の終わりを見たような顔』なのかと納得する。
「それで、本日は新商品をご紹介いただけると伺いましたわ。わたくし、楽しみにしておりますのよ」
「はい。それでは、まず、こちらが当店の人気商品『マヨネーズ』でこざいます」
ルーカスはマヨネーズや化粧品などの新商品を次々と披露して行くが、ウルリカは心ここにあらずであった。
「いかがでしょうか。もしよろしければ試供品を――」
「どうもありがとう。どれも素晴らしい商品ですわね。けれど、わたくしが欲しいのは貴方よ」
その瞬間、空気が凍った。
アンナはコホンと咳払いをする。
「あの……殿下?」
と、困惑した表情のルーカス。
ウルリカは、どんな誤解を招いたのかに気づき、慌てて訂正する。
「そ、そういう意味ではありませんわ。貴方の知恵をお貸し願いたいということですわ」
ただ、うっかり彼を庇護下に置きたいと思ってしまったのも事実であった。
「な……なるほど。ははっ」
「ほほほっ」
乾いた笑いが広い応接室に響く。
「実はわたくし、貴方の有給休暇のアイデアの噂を聞き、試しに公務員に導入いたしましたの。まだ数ヶ月ですが、明らかに求人応募者が増え、国家憲兵の士気も上がっていると報告を受けておりますわ。そこで、新進気鋭の貴方に今わたくしが抱えている懸案事項について、アイデアを頂ければと考えておりますの。金貨一枚でいかがでして?」
ルーカスは目を丸くする。
「……ん、金貨!?」
「金貨二枚必要かしら」
「あ、いえ。驚いただけです。一枚でも多いくらいです。私でお役に立つのでしたら」
「では、こちらの機密保持契約書にサインを」
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