検討
執務室に戻ったウルリカは、羽根ペンを握る。しかし、何もアイデアは思いつかなかった。
ウルリカの記憶どおりなら、飢饉は、五年後、イングヴェイ王の治世の第三十五年から第三十七年の三年間に発生し、人口の三割が失われた。二周目の世界でも、五年後、つまり母の治世の第六年から第八年に起こるはずだ。無策なら人口の三割が失われる。今度はウルリカのせいで。
本来の国庫の備蓄は全粒穀物の一年半分である。毎年三分の一を売却し、三分の一を調達する仕組みだ。といっても売却収入と穀物税があるので、大きな支出はない。この仕組みが維持されていたなら、飢饉まで満杯の状態を維持できたはずだ。そして満杯ならば国民に一年半の食糧供給を維持できたに違いない。ウルリカは残りの一年半分をどうするかという問題に集中できたことだろう。
しかし、現実はそうではない。次の三年間は売却収入がない状態で、備蓄を満杯にしなければならない。そして、国内の生産が限られる今、一から集め直すとすれば、全量を輸入に頼らざるを得ない。幸いにも、金貨で納税するアウヴィネン侯爵領の免税は阻止できたものの、その金貨すべてを輸入に充てたとしても、満杯にするには十年分の税収が必要だ。
「特権の取引で、農地の免税に誘導したのは失敗だったわね」
「それでも免税期間は二年間ですよ。まだ三年あります」
「それでも足りないわ」
悩ましいのは生活支援基金の維持もある。公共支出を絞れば、生活支援基金の支出も滞るだろう。国防軍も国家憲兵も縮小せざるを得ず、失業者が街に溢れかえるに違いない。元軍人の不満が募れば暴動に至り、おそらくは革命に至るかもしれない。
国内の増産、輸出での外貨獲得。いずれも五年で軌道に乗せるのは難しい。
「王室や国庫の金貨を全部輸入に使っちゃえばいいんじゃないですか」
「確かに、良いアイデアね。それなら備蓄は満杯にできるわ。金貨をすべて失って、国が立ちゆかなくなることを除けば」
加えて言えば、それでも確保できる量は一年半分である。
お手上げだった。
そこへ、メイドのリサが飛び込んできた。
「ウルリカ様あああ、あべし」
リサは、顔からウルリカの前に倒れた。
「落ち着きなさい。リサ、何があったの」
「う、ウルリカ様に、あ、殿下? お嬢様? いや陛下?」
「ウルリカでいいわ」
「ウルリカ!」
アンナが、リサの額をぺしっと叩く。
「様を付けなさい」
「あう」
「で、どうしたの」
「何とか商会の方から、ウルリカ様にお手紙が!」
リサが封書を手渡す。
差出人は、レッドフォード商会、ルーカス・レッドフォード。
「レッドフォード商会ね。ありがとう。下がっていいわよ」
「了解でありまする!」
リサが嵐のように走り去っていった。
「ねえ、リサは文字が読めないの?」
「はい。元々レイクロフト家の下級使用人には文字が読めない者も少なくありません。慣れない王宮勤務で戸惑っているようです」
ウルリカが女王陛下にリサを厚遇するように進言したことで、彼女は分不相応な仕事まで任されてしまったのかもしれない。
「……そう。皆に文字の教育を手配して頂戴。王宮勤務で文字が読めないのは辛いはずよ」
「かしこまりました」
ウルリカは、封書に目を落とす。
宛名が『レイクロフト公爵令嬢ウルリカ・レイクロフト様』となっているところを見ると、数ヶ月前に差し出され、この国政の混乱で迷子になっていたのだろう。
封を開けると、ウルリカ個人への面会依頼が書かれていた。商会からの面会依頼は大抵は商品の売り込みである。普通は無視して処分するのだが、しかし、レッドフォード商会の名前に聞き覚えがあった。
「レッドフォード商会ってどこかで聞いたわね。どこだったかしら?」
「パン泥棒の調査の時です」
「ああ! そうだったわね。有給休暇の」
「はい」
「一度会ってみたいわ。スケジュールを調整して頂戴」
「承知しました」
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