ポップアップ誤タップ令嬢、王太女として人生をやり直します

井二かける

立太子は突然に


 額を冷や汗が伝う。


 たった今、公爵令嬢ウルリカ・レイクロフトは、突然現れた『それ』に手を触れていた。


「わたくし、一体何を!?」


 指先には眩いばかりに発光する四角形。そこには何か文字がある。


――立太子


 しかし、『それ』に触れたのはウルリカの意思ではなかった。つい先刻、ウルリカが手を伸ばした丁度そのとき、『それ』は、指先を塞ぐように突然浮かび上がったのだ。ウルリカが気付いたときには、指先に金属のような冷たさを感じ、直後『立太子』の四角形が輝き始めたのである。


 立太子とは、一体何かしら。


 ウルリカは目を閉じて深呼吸する。言葉の意味は知っている。立太子とは、正式に王太子または王太女となること。しかし、ウルリカは王族ではない。確かに母は王家の血を引いているが、それも過去の話。政略を無視した結婚を強行し、王族籍から除籍されたのは有名な話である。したがって、ウルリカに王位継承権があるはずもなかった。


 『それ』の輝きはいよいよ増し、部屋は光に包まれる。


 次の瞬間、頭がクラリとした。


 やがて光は消え、『立太子』の四角形も消滅した。視界に広がるのは、いつもと変わらぬ私室。しかし、妙な胸騒ぎが残った。確実に何かが変わってしまった。そんな実感があった。

 

 ツカツカと慌ただしい靴の音が迫る。その足音はウルリカの部屋の前で止まった。


「ウルリカ! ウルリカ! 入るわよ!」

「どうぞ、お母様」


 答えるよりも早く、ドアが乱暴に開け放たれる。


 ウルリカの母が、焦燥しきった表情でフラフラと駆け寄った。


「ウルリカ、お、落ち着いて! おっ、おちっ、落ち着いて聞いて頂戴」


 肩を大きく上下させ、過呼吸気味に声を裏返す。


「お母様が落ち着いてくださいませ。どうなさいましたの?」


 ウルリカの母は、ウルリカの両腕を掴んだ。


「お母さんね、お母さんね!」


 ヒュッという浅い呼吸の後、言葉を継ぐ。


「――女王になっちゃったわ!」

「……へ?」

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