第〇章 没落
婚約者とのデート
なぜ、そんなことになってしまったのか。すべてのはじまりは、ウルリカの『一周目の人生』の出来事であった。
その日、ウルリカは朝早くから浮かれた気分で身支度を整えていた。
「殿下はきっとこれがお好きですわね」
デートの相手は、婚約者のウルリク・シェルンヘルム王太子。このスムサーリン王国の第一王子である。ウルリカが選んだこの青の髪飾りも、殿下からプレゼントされた大切なものだった。
「お似合いでございます、お嬢様」
専属侍女のアンナ・フオミネンは口元を微かに緩めた。東方の異国のルーツを持つアンナは、黒髪のショートボブで、まだあどけなさが残る顔つきだ。表情が薄く無愛想にも見えるが、ウルリカはその忠誠心と、ウルリカだけに見せる微かな笑みを知っている。心からの信頼を寄せるお気に入りの侍女であった。
アンナの手に掛かれば、ウルリカの美貌は何倍にも引き立てられる。姿見に映るのは、完璧に整えられたメイクと服装。元来のほんわりとした雰囲気を活かすよう、ソフトウェーブに仕上げられたプラチナブロンドの長髪。その一点に輝く青い髪飾りがアクセントとして全体を引き締める。
「いつもありがとう。感謝しているわ」
「お嬢様とデートできる王太子殿下が羨ましゅうございます」
「そう?」
「はい。楽しんで行ってらっしゃいませ」
ウルリカは浮き足立つ気分で、殿下の待つ馬車へと向かった。
「殿下! 今日を楽しみにしておりましたわ!」
「ああ、乗ってくれ」
「はい!」
殿下の隣に座る。ドキドキとしながら、横顔を見上げる。
ウルリク王太子殿下との出会いは学園の入学式だった。霧に包まれた校庭で、不注意にも立ち止まったウルリカは、すぐ後ろを歩いていたウルリク王太子に肩をぶつけてしまった。詫びるウルリカに対して、名前が同じだと気に入ってくれたのが、殿下との始まりだった。その後、トントン拍子に殿下との婚約が決まり、こうして時々馬車デートを重ねているのである。
ウルリカは殿下に肩を寄せ、そっと頭を預けた。
没落しつつあるレイクロフト公爵家にとって、王太子殿下との婚約は二度とないチャンスだった。ウルリカが王太子妃、そして王妃となれば、家の力はたちまち復活することだろう。
けれど、ウルリカにとって、そんなことはどうでもよかった。彼のことを心の底から愛しているからだ。もしウルリカの頭の中が透けて見えたなら、そこは「愛」と「恋」でぎっしりと埋まっていることだろう。そこに「政」の文字は一つもない。学業に加え厳しい王妃教育を耐え抜いたのも、すべて純粋に殿下のためである。それだけ、ウルリカの恋愛観は両親の影響を受けていた。
「ウルリク殿下、心から愛しておりますわ」
「……」
しかし、殿下は押し黙ったまま、何も答えなかった。
恋に恋する乙女も、薄々気付いていた。今日の殿下の様子が少しおかしいことに。きっと気のせいね、と言い聞かせるが、なぜか胸騒ぎが収まらなかった。何かを繋ぎ止めるかのように、ぎゅっと殿下の手を握る。
やがて馬車が止まった。
「少しお茶でも飲もうか」
「ええ、喜んで」
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