没落


 結局、ウルリカの両親は彼女の気持ちに寄り添い、その希望通り、婚約破棄を受け入れた。王家に抗議を行うことはしなかった。


 当然ながら、レイクロフト公爵家の没落は避けられないものとなった。だが、没落だけならば、権力に固執しない両親にとって大した問題ではない。それよりも、このことがきっかけで王家にとって都合が良い存在に成り下がってしまったことが、何倍も大きな不幸を招くことになった。


 婚約破棄からしばらくして、三年間に渡る大きな飢饉が訪れた。しかし、王は無策で、国民の約三割が死亡した。国民の不満が高まる中、王家が財政難から不正に手を染めていたことが露見した。その中でも国民の怒りを買ったのは、重要な離島の一つを住民ごと敵対国のクストランド帝国に売り渡していたことだった。不法に占領されたという、かつての説明は嘘だった。


 国家憲兵が蜂起してクーデターが勃発。


 しかし、王家は保身のために、書類を改ざんした。『王家はあくまでもレイクロフト公爵家に売り払ったのであって、島を敵国に売り払ったのはレイクロフト公爵家だった』ということにした。もはや捨て駒として扱われていたのである。


 貴族社会において、一度舐められたなら、それは即ち死活問題となる。もし婚約破棄に対して公式に抗議してさえいれば、結果は変わっていたことだろう。だが、後の祭りであった。次から次へと、王家から次々と「新証拠」が「発見」され、レイクロフト公爵家は追い込まれていった。


 そして、婚約破棄から七年後。イングヴェイ王の治世の第四十年。


 理不尽な裁判の判決により、レイクロフト家は爵位と資産を剥奪され、屋敷を引き払うことになった。


 その最後の日。


 家具や調度品のほとんどが売り払われ、ガランとした部屋で、アンナはウルリカの身支度を調えていた。新たな旅立ちにあたり、少しでもウルリカが見窄らしく見えないように。


「この髪飾りも、すっかり似合わなくなってしまったわ……。アンナ、貴女は十年前と何も変わらないわね。若さの秘訣を教えてほしいわ」


 この姿見を使うのもこれが最後である。


「お嬢様。もう、その髪飾りを付けるのはおやめになってください。王太子殿下はもう振り向いてくださいません」

「そんなことは分かっているわ」


 普段は冷静沈着なアンナが、涙を堪えながらウルリカに訴える。


「新たな生活のために、売り払われてはいかがですか。一生働かずに暮らせましょう」


 しかし、ウルリカは首を横に振る。


「いいえ。これはわたくしの唯一の宝物ですわ。惨めに生きる事になったとしても、手放すつもりはありません」


 実際、ウルリカの訴えが認められ、「実行犯」ではないウルリカについては、その個人財産に限り没収の対象外とされた。貴族達は高価な髪飾りの没収を主張したが、ただ一人、造幣局長のクロックルンド伯爵が「王室財産譲渡記録」を根拠に、ウルリカ個人の財産であると弁護した結果、この青の髪飾りだけがウルリカの手元に残ったのである。

 

 しかし、それが一層ウルリカが髪飾りに執着する原因となってしまった。


「承知いたしました。どのような生活であろうと、この先も私がお供いたします」

「いいえ、貴女とは今日でお別れよ。もう給料は支払えないもの」


 ウルリカの言葉は、アンナの鉄の仮面を剥ぎ取った。


「給料なんて要りません! どうか、ずっとお側にいさせてください。私はウルリカ様にお仕えすると誓ったのです」


 そう、アンナは大粒の涙を流しながら訴える。


「……その気持ちだけ受け取っておくわ。わたくしの惨めな人生に、大切な貴女を巻き込むわけにはいかないのよ。貴女の再就職先も見つけたわ」

「そんな!」

「長年、わたくしに仕えてくれて、心より感謝しているわ。ありがとう。貴女の幸せを願っているわ、友として」


 そう言って、ウルリカはアンナを強く抱きしめた。


 そして、出発の時がやってくる。


 執行官に屋敷から追い出されるようにして、ウルリカと両親は馬車に乗り込んだ。


 公爵家時代には見たこともなかったような、ボロボロで見窄らしい馬車。それを見送る使用人は執事長とアンナを含めて僅か四人だった。


「いってらっしゃいませ。お戻りをいつまでもお待ちしております」


 使用人達は声を揃え、頭を下げる。彼らは姿が見えなくなるまで見送り続けていた。


 もし、貴族に戻れる機会があったなら、執事長と、アンナ、リンナ、リサの四人には極上の待遇を与えよう。ウルリカはそう心に誓う。


 だが、将来は暗かった。


 お嬢様育ちの自分が、平民の身分で生きていけるのだろうか。その上、国賊扱いである。貴族に戻れる可能性は、万に一つもないだろう。結局のところ、使用人達に報いる機会はもう訪れないのだ。


 突然、馬車が止まる。


 休憩か何かだろうと思ったが、しばらくしても動き出さないので、ウルリカの父は御者に声を掛けた。


「どうしたんだ?」


 しかし、そこには御者も馬もいなかった。


「しまった! ウルリカ逃げ……」


 だが、既に手遅れであった。


 武器を手にした暴徒が一斉に雪崩れ込んでくる。ウルリカに向けられた刃は――。


 その後起こったことをウルリカは覚えていない。ウルリカの意識は、そこでプッツリと途絶えていた。

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2024年11月30日 08:01
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ポップアップ誤タップ令嬢、王太女として人生をやり直します 井二かける @k_ibuta

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