第二章 内政立て直し編
王権掌握
玉座の間には領主達が頻繁に訪れていた。
「女王陛下、ぜひ直轄領カネリ川の砂利採取権を!」
「おほほほ、よろしくてよ!」
「女王陛下、ぜひ直轄領レフマ・マンティ鉱山の採掘権を!」
「おほほほ、もちろんですわ!」
「女王陛下、我が領を一年間免税に!」
「おほほほ、二年間免税にしてさしあげるわ! 古のことわざにも『一つより二つがうれしい』ってありますものね!」
「オーホッホッホ!」
女王陛下は、高笑いをしながら、次々に領主達の希望通りに特権を授けて行く。
最初は喜んでいた領主達も、徐々に冷静さを取り戻していく。これはまずいことになったと気付いたときには、特権が無秩序にばら撒かれた後であった。
「どうすんのこれ」
ウルリカは、どの領主達もそう囁き合っているのを耳にした。
その日の晩餐。ウルリカは意を決して、母に進言することにした。無秩序に特権をばら撒くのをやめるようにと。
「お母――!?」
その様子を見て、ウルリカは我が目を疑った。
晩餐の席で、父が母に跪いている。
「さあ、足にキスしなさい」
「おほーっ! 女王陛下のお御足~」
オエッ。
「……ちょっと、お父様! お母様!」
「あら、もう来てたの」
「あの……。夫婦のお楽しみに水を差すつもりはありませんが……。そういうことは、娘の前ではお控えくださいまし」
「でも本物の女王陛下のお御足にキスなんてそうそう出来ることじゃないんだぞ。人生に一度はしてみたいだろう」
父が、あまりにも堂々と語るので、ウルリカは押し切られそうになる。
「確かに、それもそう……ではありませんわ!」
悪びれもせずに母はウルリカに言う。
「ウルリカもキスしていいのよ」
「絶対にいたしませんわ!」
ウルリカは頭を抱えた。両親は完全に権力に舞い上がっている。いや、酔いしれているというほうが正しいかもしれない。
――このままでは国が傾きかねないわね。
ウルリカは、思い切って口を開いた。
「お母様。お母様のばら撒いた特権で国が大混乱に陥っておりますわ。いっそ、国政をすべてわたくしにお任せくださいませ」
「もちろんよ! 夫婦の時間が減って大変だったのよ。あとはウルリカにまかせるわ!」
いとも簡単に国政を掌握できてしまったことに、ウルリカは眉間を抑える。
――もし他の領主が、国政を求めていたならどうなっていたのかしら。
背筋が凍る。想像したくもない。
この国の貴族は仲が良いわけではないが、小さな島国故に最低限の自制は弁えている。内紛が起きれば、この国は容易に滅びてしまうからだ。しかし、このまま醜態を晒し続ければ、いずれは彼らに王権を
しかし、問題は、この委任関係を公式にどう位置づけるかである。
もっともシンプルなのはウルリカが摂政となることである。しかし、これは母の名誉にかかわる。なぜなら、母は健康な成人である以上、公式に無能と烙印を押すことになるからだ。
――まあ、この人達は名誉なんて気にしないでしょうけれど。
目の前でいちゃついているバカップルを見て、ウルリカは溜息をついた。
残る選択肢は――。
「それでは、わたくしを共同統治者に据えてくださいませ」
「いいわよ~」
その軽薄な声に、ウルリカはその場で脱力した。
ウルリカは一周目の世界で王妃教育を受け、王族に関わる歴史と法制度については熟知している。
共同統治者制度は、スムサーリン王国の歴史上、一度しか使われたことのない制度である。その昔、この国がクストランド帝国から独立を果たした際、高齢だった初代国王が王太子を実地教育するために導入したとされている。王権の分散というデメリットが大きく、長年忘れ去られていた制度であるが、実はこの状況に極めて適していた。
この制度を適用した場合でも、君主はあくまでも女王陛下である。そして、その王権を共同統治者であるウルリカと平等に共有することになり、王権の行使には二人のサインが必要となる。もちろん、予め委任状を交わすことで一人でも行使できるのだが、少なくともウルリカが女王陛下に委任することはない。これにより、女王陛下独断での軽率な特権付与は阻止できる。
本来は後継者に対して徐々に王権を移行していくことを想定した制度であるが、逆手に取れば王権の行使にブレーキを掛けるためにも使えるのである。
そして、何より、ウルリカの教育のためという大義名分があるため、女王陛下の名誉が傷つくことはない。この状況を憂慮していた貴族達にとってもデメリットはなく、反発も少ないはずだ。むしろ、次世代の王を育成するために、サポートも手厚くなることだろう。しかも、条文解釈上、共同統治者は終生資格である。仮に絶対的長子相続制が再び廃止され、弟が生まれたとしても、共同統治者としてのウルリカの地位は保たれる。ウルリカが生涯にわたり、王権の少なくとも半分を手にすることが確定した今、様子見していた貴族達もウルリカを無視できなくなるだろう。
胸焼けするような熱々のバカップルを脇目に、ウルリカは淡々と食事を済ませた。
王太子執務室に戻ると、ウルリカは椅子に腰掛け、背もたれに全体重を預けた。いまやウルリカの両肩には国の将来だけでなく、現在の国政までもがのしかかっている。
「お御足にキスいたしましょうか、共同統治者殿下」
そう言って、ふっと鼻で笑うアンナ。
「冗談でもやめてちょうだい。それに、わたくしの肩書きはあくまでも王太女よ」
一周目の世界の王妃教育で学んだ知識を思い巡らす。各領地の歴史、特産品そして利害。結局、一周目の世界では特に役に立たなかった知識が、今頃必要になるとは。
皮肉だわね、と自嘲した。
だが、王妃教育は、あくまでも王太子、後の国王を補佐するための教育であって、王太子自身、国王自身が
共同統治者に関する書類をまとめながら、ウルリカは深い溜息をついた。
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