王宮



 翌日。


 レイクロフト一家は、王宮に引っ越した。


 王宮はがらんとしていて、暗く、寒々しい雰囲気に包まれていた。ランプも最低限しか灯っておらず、床には塵が落ちたままになっている。食卓にはまだ食べかけの朝食が残されており、追放がいかに急であったかを如実に語っている。


 王宮には通常の一割ほどの人員しか配置されていなかった。前王家に仕えた使用人達のうち不正に関与した者は全員解雇され、その中でも特に忠誠心の高い者達は追放された王家に同行することを選んだからだ。


 ウルリカは心が痛んだ。それは、あの日ウルリカ達を見送った使用人達の悲痛な表情が脳裏を過ったからだ。いくらこの世界が幻だとしても、あの表情を思い起こすだけで、ウルリカは耐えられなくなる。


 何はともあれ、まずは忠義に報いなければならない。彼らは一周目の世界のできごとは知らないだろうけれど。


「お母様、即位なさったら、執事長とアンナ、リンナ、リサの四名を厚遇してくださいませ」

「あら? リサは新入りよ。あのそそっかしい娘のどこが気に入ったのかしら」

「その四人の忠誠心は本物です。リサも十年後には立派に育つはずですわ」

「ウルリカが言うならそうなのね。アンナは貴女の自由にしていいわ」

「では、彼女に王室侍女だけでなく、王女付き女官レディ・イン・ウェイティングの位を与えることをお許しください」

「よほど気に入っているのね。構わないわ」


 それには打算的な考えもあった。


 あの『立太子』はただの事故にしても、アンナはウルリカに盲目的に仕えている節がある。王女付き女官ともなれば、社会的には王族に準じる地位となり、国に仕えるものとして、それ相応の責任を負う。アンナの開発者コンソールとやらをウルリカ個人のためでなく、国のために使わせることができるかもしれない。もっとも、この世界全体が虚ろな存在なのだけれど。



 アンナに言ったらどんな表情をするだろうかと考えると、口元に笑みが浮かぶ。


 王座の間の重厚な扉が開かれた。


 そこで、戴冠式と王太女叙任式が執り行われた。だだっ広い王座の間で、冷え切った空気の中、出席者は僅か数十人。それは厳かに――というよりも、しめやかに執り行われる平民使用人の葬式のようだった。


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