御前裁判


「アントンの息子 ハンス、前へ」


 ハンスは、近衛兵に突き出される。


 そして、近衛隊長が罪状を読み上げた。


「アントンの息子 ハンス。この男は、王宮に侵入し、王の食材を窃盗した上に、あろうことか、女王陛下に害をなそうとした。これは明らかに反逆罪である。よって、公開処刑が相当である」


 女王陛下は、ウルリカに問う。


「ウルリカ、貴女の調査結果を報告して頂戴」


 ウルリカは一歩前に歩み出る。


「はい、陛下。謹んでご報告申し上げます。現在、王都は不景気に荒んでおりますわ。この者は穀物商のもとで真面目に働く従業員で、憲兵とも良い関係を築いておりました。しかし、不景気と不作の煽りをうけ、先般、解雇されましたの」


 ウルリカは調査の過程で見たもの聞いたものを詳しく説明した。反抗心に満ちていたハンスの表情は徐々に和らいで行く。


「――彼の妻子は今、貧民街で彼の帰りを待っておりますわ。この度の犯行は、妻子を養うための窃盗であり、女王陛下に対しても説得するためにやむを得ず行ったものと思料いたします」


 だが、傍聴していた貴族達が騒ぎ立てる。


「養えもしないのに子供を作るべきではない」

「自業自得!」


 ウルリカは野次を飛ばした貴族に視線を向けた。


「養えもしないのに、子供を作るべきではない? 貴方は明日の立場をどうして確信できますの? もし明日、爵位を奪われて、路頭に迷うとしたら、同じことが言えまして?」


 ウルリカが問うと、貴族は涼しい顔で応じる。


「私には貯蓄財産がある。パンを盗む必要などない」

「ええ、そうですわね。しかし、平民は貯蓄をする余裕もありませんのよ。国家憲兵さえ一日銀貨一枚でも稼げれば御の字ですもの。失職すればすぐに住処を失いますわ。ならば平民は子供を作るなと仰いますの?」

「……その通りだ」

「平民は絶滅し、たちまち税収を失いますわよ。農作物も生産できなくなりますわね。貴方は国税を納めるために鍬を持つ覚悟はおありでして?」 


 近衛隊長が割り込む。


「どのような事情があれども、王に対する蛮行は許されぬ」

「ええ、そうですわね。罪は罪ですわ。けれど、この男が罪を犯した原因は、前王の無策にも責任がありますのよ」


 そして、ウルリカはネックレスを外す。


「このネックレスたった一つで、この町の貧民の全員に一年分のパンを提供できますわ。たったこれだけなのです。それを行わなかったのは前王の無策なのです。そして、このまま策を講じないなら、陛下の責任にもなりかねませんわ」


 ウルリカは陛下に向き直る。


「陛下、どうか子を持つ親の愛に免じて、情状酌量を」


 ウルリカは頭を下げた。


「ありがとう、ウルリカ。ハンス、付け加えることはあって?」


 ハンスは土下座する。


「いいえ。王太女殿下の仰るとおりです。ここまで調べていただきありがとうございました。私は感情に任せて罪を犯しました。私は覚悟しております。しかし、妻と子だけはお助けください」


 そう言って、額を地面にこすりつけた。


 続いて、陛下は近衛隊長に顔を向ける。


「近衛隊長、貴方からは?」

「陛下、この者を釈放すれば再び罪に手を染めますぞ。事情が事情故に、家族は連座にしなくても良いでしょう。しかし、王家の威光を見せつけるためにも、この男は公開処刑を!」


 近衛隊長はなおも強硬に公開処刑を主張した。


 そこで、ウルリカは、近衛隊長に一つ提案することにした。


「近衛隊長、それでは、王家の威光を示せ、二度と窃盗に手を染めないような、公開の処罰を与えるのならば異存はないのですわね?」

「……まあ、そうなるが」

「それならば良い『公開処罰』の方法がありますわ」


 こうして、ウルリカが述べた提案のとおり、刑が言い渡された。

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