収穫


 再び月日は流れ、二年生の秋学期が始まった。


 いよいよ、収穫の時である。


 青々と茂っているのは、教師とカリンの畝。その一方でウルリカの畝は生育が今ひとつであった。


 結果、収穫量は、教師が一位、カリンは二位、ウルリカは三位となった。 


「はっはっは、軍楽隊まで動員したのに散々な結果だな」

「どうしてですの! 毎日世話をしましたのに」


 ウルリカは大人げなく頬を膨らませた。


 教師は説明する。


「火薬の原料の硝石は、家畜の糞尿を発酵させてその成分を結晶化したものだ。古来より糞尿は土の肥やしになると言われているが、その結晶こそが植物を成長させるんだ。そして、クローバーやマメの根には粒がある。この粒にも恐らく似た原理が働くのだろう」

「はい、農民は昔から休耕地にクローバーやマメを植えていました。そういうことなんですね!」


 そう言って、カリンは目を輝かせた。


「なぜわたくしの畝は生育がよろしくありまけんの?」

「そりゃ、連作障害だな。畑は休ませなければ痩せ細るんだ。だから、肥やしを与えなければならない。その上、同じ植物を植えることで、同じ病気にかかりやすくなったり、理由は分からないが生育が悪いことが知られている」

「……そういうことですのね。わたくし、てっきり豊作の畑には大地の祝福のようなものがあるのだと思っておりましたわ」

「大地の祝福といえば――」


 教師の背後で大爆発が起きた。


「爆発だ!!! はーっはっはっはっ!」


――あれは、絶対に真似してはいけないわね。


 ウルリカは見なかったことにした。


 

「しかし、火薬が肥やしになるなんて、まったくの予想外ですわね」


 すると、アンナがドヤ顔で言った。


「殿下、この授業で学ばれたことは、窒素固定というものです」


 だが、即座に食いついたのは教師である。


「窒素固定? 何だそれは?」


 アンナは困ったようにウルリカに視線を遣る。ウルリカは頷いた。


「詳しく説明して頂戴」

「はい。異国の伝説によると、空気には『窒素』という名前の肥やしが漂っているのだそうです。しかし、その肥やしは水には溶けません。土に吸収させるには、生物や植物の力を借りなければならないのです。マメやクローバーの根粒は、空気に漂う肥やしを土に吸収させる働きを持っています。それが、窒素固定です」

「まさか、硝石もそうなのか」

「はい。硝石は窒素が含まれる固体です。まあ、根粒とはプロセスが全然異なりますが」

「さすが平民出身の王女付き女官、博識だな。もっと教えろ! お前は何を知っている?」

「……げ」


 教師に飛び付かれたアンナは、咄嗟に身を躱し、走り逃げる。しかし、それを追いかけ回す教師。まるでネズミを追う猫のようだ。


 そんな彼女たちを尻目に、ウルリカは自ら収穫した小ぶりな野菜達を見て微笑んだ。


――これがわたくしが初めて育てた野菜ですのね。


 そして、収穫の喜びを分かち合う。


 その場で生で食べられる野菜を切り分け、お互いの野菜の味を食べ比べた。


「先生のよりも、カリンの方が味がしっかりしていますわね」

「野菜というのは大きさだけではないからな」

「はい。間引きにはじまり、摘果や摘心までして、収穫時期もきちんと管理することが、美味しい野菜を作るコツなんです」

「さすがプロの農民だ。私のような理論を探求する研究者よりも、実践を通じてずっと多くのことを知っている」

「わたくしもカリンに色々教わりましたわ。さすがね」


 食味は、一位カリン、二位ウルリカ、三位教師であった。栄養を与えれば大きく育つが、それだけで美味しくなるというわけではないのである。


「しかし、これだけ豊作だと扱いに困るな」


 籠には、食べきれない量の野菜の数々が山盛りになっていた。


「もうそろそろ学園祭の時期ですわよね。露店で皆に振る舞うというのはいかがかしら」


 二周目の二年生のウルリカであるが、一周目の人生を含めて、学園祭で出店したことは一度もない。ワクワクとした表情を浮かべるウルリカを誰も止めることはできなかった。

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