町作り


 レッドフォード公爵領の街の建設は急ピッチで進んでいた。公爵であるルーカス自ら工事に参加し、街が形作られていく。


「へえ、殿下は平民がお好きなんですね」


 角材を肩に担いだルーカスが、そう冷やかすようにウルリカに言った。


「今日、貴方で三人目よ。もうやめて頂戴」

「これは失礼しました」

「わたくしも手伝うわ。何をすればよろしくて?」

「恐縮です、殿下。では、その工具箱を運んでいただけますか?」

「ええ、もちろん」


 アンナは、止めても無駄だと悟ったのか、諦めたような表情で、自らの手袋をウルリカに差し出す。


「ありがとう」

「いえ」


 ウルリカは両手で工具箱を持ち上げた。両腕にずっしりと重みが掛かる。明日は筋肉痛だわね、と思いながらトコトコとルーカスの後を追った。


 一オットンデルミール四方(約一・二五キロメートル四方)のこの小領は、まだ空き地だらけであるが、道路は碁盤の目状に整備されつつあった。


 南北大通りには、既に道の片側半分に舗装が施されている。この大通りは、直轄領とレイクロフト公爵領を結ぶ街道の近道として接続したため、行き交う馬車はレッドフォード公爵領内を通るようになった。そして、その走行性や静粛性の高い舗装に皆が驚いた。

 

 その舗装には粗骨材のローマン・コンクリートが使用されている。


 ウルリカは異世界で見た『黒い土を固めた舗装』を提案したが、スムサーリン王国では原料が入手できず、ルーカスが代わりを探した結果、ローマン・コンクリートに行き着いたのである。彼によると、ローマン・コンクリートは古代の技術で、この時代では忘れ去られていたものだという。その鍵となるのは火山灰であった。王都は盆地のため、サーガランドから飛来した火山灰が堆積しやすく、一フット(約三十センチメートル)でも掘れば百年前の火山灰層が顔を出す。さらに、王宮や離宮の建設で捨てられた凝灰岩があらゆる場所で山積みになっており、レッドフォード公爵領もその場所の一つであった。これらを活用することで、簡易的なローマン・コンクリートの再現に成功したのである。


 技術的な新規性は、ローマン・コンクリートを石畳の目地ではなく、粗骨材、つまり砕石や砂利を固める接着剤として使うことにある。これにより、モルタルよりは原料を節約できる上に、見た目も『黒い土を固めた舗装』に近くなる。モルタル舗装よりは粗いが、石畳よりも遙かに滑らかな路面を容易に施工できることがこの新工法のメリットだった。攪拌のための水車さえあれば、石の加工よりも少ない労力で舗装できることが国中の舗装工に知れ渡り、多くの人々が見学に訪れた。


 とはいえ、まだ試験段階で、耐荷重性や耐摩耗性、耐候性や透水性は未知数だ。それらを向上するための配合も、これから少しずつ改良されていくだろう。また、消石灰ではなく生石灰を用いて再現性を向上したローマン・コンクリートの実験や、火山灰や凝灰岩の代わりになるカオリン鉱物の探索も始まっている。


「貴方は物知りね。異世界の学園ではこんなことまで学べるのかしら?」


 ウルリカが目を輝かせてそう言うと、ルーカスは恐縮したように後ろ髪を掻いた。


「いえ。これはさすがに、専門の学校でなければ学べません。図書館とインターネットアーカイブで調べた付け焼き刃ですよ」

「それでも、知る手段があるということが、素晴らしいわ」

「殿下もアンナさんに頼めば『開発者コンソール』でインターネットアーカイブをご覧になれるのでは?」


 しかし、ウルリカの脳裏には『立太子』が過る。


「……あれには、嫌な思い出があるのよ」

「そうなんですか……」


 ルーカスは、この後、道路の地下に共同溝というトンネルを掘削する予定だと明かした。上下水道や、将来的には電線や通信線を通すのにも活用するのだという。ウルリカは電気の事は知らなかったが、異世界で見た、「電気」の力でひとりでに動く扉は知っていた。そのうち、この街の扉は、独りでに動く扉ばかりになるのかもしれないと、想像を膨らます。



「ありがとうございます。そこへ」

「ええ」


 ウルリカは指示された場所に工具箱を降ろした。


 腕が怠く、両手がじんじんとする。お嬢様育ちのウルリカにとって、こんな経験は初めてのことだった。憲兵レイピアの護身術でもこうはならない。


「こんなところですみません。中へどうぞ」


 それはログハウスの休憩小屋だった。


 ウルリカは異世界での惨状を知っているだけに少し身構えたが、それは杞憂に終わった。


 中は簡易な飲食スペースになっていて、今日の作業を終えた作業員達が、思い思いに酒をあおっていた。


 薪ストーブの暖かさに、ほっとする。これも、ルーカスが異世界の知識で作った新商品らしい。その上では煮物がグツグツと煮えていた。


「皆様、ご苦労様ですわ」


 ウルリカは会釈をする。


「おう! 嬢ちゃんかい!」

「おい、殿下と呼べ、殿下と」

「お嬢殿下!」

「なんだよそれ! わっはっは」


 すっかり仕上がった酔っ払い達が、大声で騒いでいる。あっという間に、彼らの関心は別に移ったようだ。


「すみません、無礼をお許しください」

「皆が楽しんでいるようで何よりだわ」

「そこでよければ掛けてください」

「ありがとう」


 椅子は単に積まれた角材である。


 アンナがさっとハンカチを敷き、ウルリカに、そこへ座るよう促した。


 ルーカスは本題を確認する。


「それで、平民を中央銀行の理事に据えたいと」

「ええ、良い方をご存知ないかしら」


 ウルリカの問いに、ルーカスは少しだけ考え込む。


「……パートタイム勤務も可能ですか?」

「パートタイム勤務?」

「実は子育てしながら再就職を希望している人を知っているのです。ただ、大抵の仕事は朝から夕まで拘束されるので、条件が合わないそうで。例えば定期的な理事会に参加するだけの非常勤理事とか可能ですか?」

「ええ、それは構わないけれど」

「それなら良かった」

「それで、どのような方ですの?」

「モーナ・ハンデル。商工ギルド連合会の元経理の女性です。経営相談もやっていたので、この国の商人なら一度はお世話になっているような人ですよ。ギルドでの融資実務や為替実務も知っているので即戦力です」

「なぜ貴方は雇わないのかしら」

「彼女の高いスキルは短時間勤務には向いていないのです。実はここに開く予定の支店にどうかと誘ったのですが、振られてしまいました。彼女のスキルなら店員よりも店長なのですが、店長の業務は短時間というわけにはいかないので」

「スキルが高い故のミスマッチなのね」

「ええ。それと、ここは少し遠いのも気がかりなようです。ただ、南離宮なら、彼女の家の近くですし、ちょうど良いかと」

「会ってみたいわ。ご紹介いただけるかしら」

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