落日の帝国⑤その後

コレルハウト帝国は滅亡した。


その遺領の北側半分はミンタシア独立軍が勢力下におき、

元帝都コレールを含む南側はデレンマレーノ王国が、その領土を併合した。


この結果

「我々の領土は北側半分、元帝国22州のうち16州を傘下に収めた。

 だが南側の方が農業も産業も盛んだし、人口も多い。

 結局、デレンマレーノ王国の復活に手を貸しただけではないのか?」

「イスマエル、キミが連携を主導したわけだが、この結果をどう思うのだ?」

「・・・わからない・・・結果としてこうなってしまったが、

 この結果を望んでいたわけではないことだけは理解してほしい」

「まぁそれは分るけどさ。でもねぇ・・・」


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「女王陛下、総司令官閣下、

 今回の戦線離脱についての一切の責任は私にあります。処分は覚悟しています」

クララ・フォン・ベルガー大佐は王宮で

マルティーヌ・シャリエ女王やアントン・フィッシャー元帥に戦線離脱したことについての説明と謝罪をしていた。


「大佐、キミはなぜこちらへの通報もなく戦線離脱したのか?」

「・・・」

「その理由が聞きたいのだ。それ如何によってはデレンマレーノ王国との関係も

 考え直さなければならない」

「・・・」

「解った、話したくなったら話してくれたまえ」

「・・・はい」


クララは結局上官命令を無視し帰還したことへの処罰を待つことになり、

第7軍は副司令官のフランツィスカ・アルスマイヤー中佐が司令官代行となった。


コンコン・・・


官舎のクララの部屋を訪ねる者がいた。

「どうぞ」

「入りますよ」

「陛下!如何されました?」

「あなたが無断で戦線離脱した事で、内部でクビにすべきだという声があります」

「それでも良いと思っています」

「何があったのですか?私はそれが知りたいのです。あなたのことだから

 相当考えての行動だと思いますが、どうですか?」

椅子に座りうなだれるクララ。

それをそっと抱き寄せてシャリエ女王は言った。

「あなたの軍人としての能力は高い。私はそう思いますし元帥殿も同じです。

 だから私はクビにするのは忍びない。なんとか立ち直るきっかけをつかんで

 ほしいと思っています」


ヴァネッサとのことを話していいものか。

連携して帝国軍と戦うと言っていたはずなのに私たちは、その場から外された。

結果としてヴァネッサの部隊だけが・・・

当初の予定になかったことが、彼女を戦線から離脱させることになった。


それを言えば、クララのわがままで終わってしまうだろう。

ヴァネッサの不可思議な行動が、結果、クララを戦線離脱させる事になったのに。


「あなたは誰かを庇っていますね?」

こう聞かれたとき、女王陛下は何もかもお見通しなんだな・・・そう思った。

話す気になったのだった。

グラモント砦を出発してからのこと。

国境を越えたあたりから、どうもヴァネッサの様子がおかしいと感じたこと

王宮に攻め込むとき、自分たちにはほとんど出番がなかったこと

それにもかかわらず、皇帝を処刑する役目を押し付けられたこと・・・


でもヴァネッサはクララにとって大の親友であり、あこがれの人だった。

そんな彼女のことを話すのは忍びないと思っていた。


「あなたの考えは分りました。元帥殿や参謀長にも話はしますが良いですね?」

「はい」

「しばらく休みなさい。軍務はアルスマイヤーに任せていますから」

「ありがとうございます。陛下」



「なるほど、そんなことがあったのですね。

 ベルガー大佐にはつらい経験でした。軍人としての能力は高くとも私情を挟む

 ことは許されない。どうしたらいいでしょうね。私としてはクビにしたくない

 でも軍内部での立場を考えれば・・・」

「しばらくこの地を離れた場所で軍務についてもらうことにしては?

 リフレッシュもかねて」

「そうですね。元帥殿はいかがですか?」

「それでいいと思います」

「ではベルガー大佐は私の二人の子供がいる、ナライ公国で休養が良いですね」

「参謀長、第7軍の指揮官をアルスマイヤー中佐に引き継いでください。

 それと本日付で大佐へ昇格させましょう」

「承知しました」


その日。

「では行ってまいります。フランツィスカ。しっかり頼みますよ」

「はっ!大佐殿の作り上げたこの第7軍をしっかり守ります!」


クララと副官、従兵の3人は馬車に乗ってナライ公国へ異動していった。



「惜しい」

「そうですね、あの方の能力を元帥殿は買っていましたからね」

「でも戻ってきてくれるでしょう。きっと」




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ここはデレンマレーノ王国の首都デレ

「ごくろうだった、ヴァネッサ・トンプソン大佐。

 しばらく休め。次の任務は厳しいものになるはずだ。そのためにも」

「はっ」

「キミの親友のことだが」

「はい?」

「軍中央から外されたそうだ。軍司令官からも」

「・・・」

「ナライ公国に異動ということだ。何かあるか?」

「いえ」

クララの動向が気になるヴァネッサ。

彼女だけ独断で戦線離脱したことのアバンツオ王国軍内の処分であろうけれど。

(わたしには関係ないこと・・・でも)


デレンマレーノ王国は帝国滅亡後、その遺領の半分を占める大国となっていた。

「これからはミンタシア独立軍をどうするかだ。

 私としては併合したいと考えるが皆の意見を聞きたい」

「国王陛下はミンタシア独立軍が掌握した領土をわが王国に併合するのですね?」

「そうだ。コレルハウト帝国は滅亡した。父祖伝来の土地もわが王国に戻った。

 帝国に抑圧された人々を救う為には、わが王国に併合することが一番良いのだ」

「解りました。では我々参謀部が、そのための作戦を考えましょう」


「陛下、アバンツオ王国シャリエ女王からの手紙が来ております」

「シャリエ女王から?」

手紙を読み終えたゲルハルト国王は


・・・やはりシャリエ女王は聡明なお方だ・・・


そうなるとあまりのんびりとはして居られないな・・・

早急にミンタシア独立軍をわが方に取り込まねばならないな。


「レイノルズ大佐を呼べ」


「マーク・レイノルズ大佐であります。ご用件を承ります」

「これから数名の部下を連れてミンタシア独立軍が駐在するルミアネラへ行き、

 我が国との今後の関係、連携を確認したい。ついては代表者に来てもらえれる様 

 話し合ってほしい」

「了解しました、では早速出発します」


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ナライ公国

アバンツオの東隣のこの国は、分離独立したときには一つの国家だった。

だが、ここに居住するナライ人たちの要望で国として独立したわけだが、

人口もさほど多いわけではなく、およそ5万人ほど。

領主は代々サボイ伯爵家の当主がなっていて、いまの当主マイケル・サボイは

若干24歳と若く、その父エリック・サボイが後見役となっていた。


小さい国であるがため、外交・軍事などはアバンツオ王国が対応している。

そのため約200名からなるナライ公国大公親衛隊が、警察としても対応している

そういう国家である。


クララ・フォン・ベルガー大佐は

王国軍第7軍司令官を解任された後、

このナライ公国大公親衛隊隊長として赴任したのだった。


大陸の東の果てに存在するナライ公国は

海に面しており、その海から上がる水産物の売り上げで国家財政を賄うほどの

漁獲量があり公国内はもちろん、アバンツオまで販売ルートが出来上がっている。

当然、鮮度は落ちるため生ではなく干物などに加工しているのだが、

それでもナライ産の水産物は品質が良く高値で売れるため、5万の国家でも

その売り上げだけで十分経営が成り立つ。そういう国である。

風光明媚でもあるので、観光産業でも活発な国なのだ。


「ベルガー大佐殿、今日は領内巡視を行う日ですが」

「解った、では支度を頼む」

「はっ」

「そうだ、マリレーヌとジョルダンを連れて行こう」

「かしこまりました」


マルティーヌ・シャリエ女王の二人の子供も、すでに12歳のマリレーヌと

10歳のジョルダンはこの地にある、王立士官学校ナライ分校で学んでいた。


王都でも十分ではないか?

そう聞かれることもあったが、シャリエ女王の考えでわざわざこの国の分校を

選んだのは、王都とは違う空気のもとで教育を受けさせたいということだった。

そしてミチル、シャーロットの二人が週に2回ここで教鞭とっているのだ。


「よっ!クラっち、元気?」

「クララは笑顔が戻ったし」

「うん、ここへきて気分が良いの。女王さまには感謝しかないね」

「それな!ウチらの女王さまは一番よ!」

「ウチみたいなやつにも、ちゃんと目をかけてくれるし」

「ホントだね、女王さまは良くできた人だよね」


ミチルとシャーロットもマリレーヌとジョルダンを連れて領内視察に同行。


港は多くの漁船と漁師たちが採れたての魚介類を水揚げしている。

その様子を王子と王女は、面白そうに眺めている。


「お、お嬢ちゃんたちもやってみるかい?」

「いい?」

「おお!いいよ!」

漁師たちといっしょに、漁船から採れた魚を水揚げしている手伝いをしている

その顔は学校にいる時よりも、朗らかにみえるのは何故だろうか?

クララも見ていて、心が徐々に朗らかになっていった。


此処にいると王都にいる時よりも落ち着く。

それにしてもなんでヴァネッサはあんな態度に?

いっしょに頑張ろうって言ったのは彼女のほうなのに?

どうして私がこういう目に合わなければならないの?


まぁいいや!もうあの時の私とは違うんだし。

「どした?クラッち。目が遠くを見てたよ」

「そう?なんかあんた達といると、うれしいのよ。楽しいし」

「あー、そういうこと?まぁあたしバカだからさ。こういうことしか出来んのよ」

「ミチルはこんな事言うけど、女王さまのお子様にしっかり剣の稽古やってるの 

 それも結構スパルタなのよ」

「それを言うなし」

「いいじゃん、事実なんだしさ」


港から少し離れた丘の上にあるレストランで昼食をとる一行

「いいの?仕事中じゃないの?」

「たまにはいいのよ、食事代はちゃんと経費で落ちるから」


魚介類のパスタが運ばれてきた。


「美味しいそう!」

「王都じゃなかなか食べられないしね」


「美味い!このレベルはさぞかしお高いんでしょうねぇ」

「大丈夫、食事代は王国軍持ちよ」


レストランを出て海が見える丘陵で休憩しながら

「ミチル、シャーロット、いつも王子様たちの勉強を見てくれてありがとう

 二人ともほんとによく勉強してる、将来の幹部になれるよ。この二人は。ね」

互いに顔を見合わせるマリレーヌとジョルダンは、恥ずかしそうだ・・・


「さぁ帰ろう」



「じゃあウチらは帰るね。また来るからさ」

「あのレストランにまた、行こうぜ!じゃあな!」


ミチルとシャーロットは王国軍の黒い軍服を着て馬上の人となった。




これと言って事件や騒動が起きるわけでもない、平凡な日々。

だがそれが彼女にとって心の安らぎでもあったのだ。



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