落日の帝国④崩壊、そして滅亡
国境を越えコレルハウト帝国領に侵入を開始した派遣軍。
ここから帝都コレールまでは徒歩3日間の日程だ。
帝国軍の苛烈な反撃を予想していたヴァネッサは拍子抜けしていた。
「国境を越えたらすぐに帝国軍の攻撃に晒されると思ってたが」
「大佐殿、このまま何もなく帝都まで行ければ良いのですが。
まぁそう簡単にはいかないかもしれませんね。ベルガー大佐にも
お知らせしたほうが?」
「そうだな今夜にでも話しておこう」
その一方ミンタシア独立軍を率いるイスマエルに、ある男が訪ねてきた。
「私はデレンマレーノ王国軍情報本部オリヴァー・ロビンソンと申します」
「王国の方が何用ですか?」
「はい、実は・・・」
デレンマレーノ王国は失われた領土を取り戻すことが今回の帝国へ軍を派遣し
領土奪還のために作戦行動を行う。アバンツオ軍は補助戦闘力として随行して
きているだけ。そして・・・
「デレンマレーノ王国はあなた方と連携して帝国を引き継ぎ安定した平和な国家を
目指したいのです。そのためにあなた方ミンタシア独立軍と打ち合わせを
行いたいのです」
もともとイスマエルは王国の国王だったわけだし、悪い話ではないと思うのだが。
「それはデレンマレーノ王国が帝国にとって代わるだけの話でしょう?」
「そう。俺はそう思っている。みんなはどう考えているのだ?」
侃侃諤諤の議論の末。
「解った。王国と連携して帝国を破滅に追い込む。皇帝一派は・・・抹殺する」
その時のイスマエルの目は今までにない暗い目をしていたのを
ユリアは見逃さなかった・・・
そのころクロエ・ルメール率いるアバンツオ軍第2軍はデレンマレーノ領を迂回し
北側から帝国に侵入するべく行軍中だ。
「女王陛下は何ゆえに我々の軍を帝国へとお考えなのだろうか?」
「閣下、噂の話ですが」と副官ギュンター・シュタイ中尉が耳打ち。
「デレンマレーノが領土奪還を目指しているのは聞かれていると思いますが」
「それは知っている」
「かの王国はそれ以上に帝国領土を簒奪する野望があるとのことです」
「それは本当か?われらアバンツオに対する裏切り行為ではないか!」
「閣下、お声が・・・」
「すまん・・・しかしそれが本当ならベルガー大佐の第7軍が危ないと思うが」
「そう思います。軍参謀長殿が何かお考えと聞き及んでいます」
「そうか、それならまだ良いのだが・・・ベルガー大佐・・・大丈夫か・・・」
「全軍停止!」クロエの指示によって第2軍は行動を停止した。
ここはアバンツオ王国とコレルハウト帝国との国境にあるアリハ峠のふもと。
この峠を越えれば敵地であり戦場となる帝国領。
「この峠を越えれば敵地である。気を引き締めよ!」
深い緑の森の中を峠へ向かって緩い登坂を行軍すると、やがて・・・
「おお!これはなかなか素晴らしい眺めだな!!」
視界が大きく開け、見渡す限りの丘陵地帯が広がっている。
そこかしこに小さな集落が点在しているのだが、どこも色彩に乏しくあまり豊かではないことが見てわかるほどなのだ。
「シュタイン中尉。キミたちの部隊は先行して集落には危害を加えない旨
集落の長に伝えてほしい。但しわが軍に危害を加える事があれば容赦しないと」
「承知しました。では参ります」
「たのむ」
シュタイン中尉の部隊が先に峠を駆け下りて行く。
第2軍はこの眺めの良い峠で大休止。
「では出発する!」
クロエを先頭に副官や参謀たち、第1から第25大隊、輸送部隊、医療部隊が続く。
通過する集落は、峠から見たように一様に貧しい。
人々は生気を失い、やる気なさげに行軍するアバンツオ軍を見送っているだけだ。
「本当に貧しい地域なのだなぁ・・・」
「そのようです閣下」
行軍すること2日目。
帝国軍との初めての遭遇戦が・・・
とは言え、その帝国軍の軍装はもはや盗賊のそれと変わらないのだ。
「あれが帝国軍なのか?盗賊と変わらんぞ」
まったく相手にすることなく、瞬殺するとそのまま行軍を続けるアバンツオ軍。
同じようなことが二度三度とあり、ようやく帝都コレールが、彼方に見えてきた。
「閣下、この先にある集落を過ぎると帝都に入ることになります。
参謀長殿の打ち合わせでは、その集落付近で止まるようにとのことです」
「解った」
【ここはテラカサ。帝都コレールまで10km】
「進軍停止!わが軍はこの場で止まることとする。野営準備にかかれ!」
帝都コレールの東10kmの地点にアバンツオ軍第2軍、
南5km地点にデレンマレーノ・アバンツオ連合派遣軍が合わせて2万、
そして北側から西側にかけてはミンタシア独立軍が20万の大軍で着陣した。
「皇帝陛下、帝都はすでに反帝国勢力により包囲されました!」
「そうか。その時が来たんだな。じゃあ俺たちはずらかるとするか」
「ずらかるとは?」
「ここから逃げるんだよ。逃げ道くらいは確保してるんだからさ」
「私どももご一緒に・・・」
「何言ってんの?俺だけに決まってんだろ。せいぜい嫁と子供だけな」
もう皇帝という地位にはこだわっていないようだ。
自分だけが生き残ればよい、そう考えている皇帝カディエ2世。
「私たちはここにとどまります」
「あ、そう。いいよ」
夫人や子供に対してもこの対応。国民に対しても冷淡なわけだ。
王宮の外が騒がしい。
デレンマレーノ・アバンツオ連合軍が迫ってきたようだ。
「じゃあな」
皇帝カディエ2世は王宮から姿を消した・・・
「進め!王宮から誰一人逃がすな!歯向かうやつは斬れ!」
ヴァネッサが自ら剣を振るって兵士たちを督戦しつつ前進する。
合わせてクララ率いるアバンツオ軍も進もうとするが、デレンマレーノ軍に阻まれ
前進できないでいた・・・(ヴァネッサ・・・何で?一緒に行くんじゃないの?)
王宮の正門にたどり着いたヴァネッサ隊。
ようやく追いついたクララ隊。
「ヴァネッサ!なんで?一緒に戦うんじゃなかったの?」
「すまん・・・クララ。でもこの先は一緒に行かないと無理だから・・・」
ヴァネッサに不信感を抱くクララ。
(私たちは要らないってこと?)
「解った・・・」
王宮の正門を叩き壊し、城内に突入する。
さすがに帝国軍の抵抗は激しさを増すものの・・・
それもしばらく後、鎮圧された。
城内は帝国軍兵士の戦死体や放火されたあとや、破壊された城壁など
かつての壮麗な王宮は見る影もなく破壊されていた。
「大佐殿。この方々をお連れしました」
「あなたがデレンマレーノ・アバンツオ連合軍の指揮官ですね?
私は皇帝カディエ2世夫人、マリアンヌ。この二人は私の子供。
どのようなお裁きも受けます。でもこの二人の子供は、どうか助けてくださいませんか?」
「国王陛下からは奥様方には何も手を出してはいけないと厳命されていますから
ご安心を。このまま暫くはこの王宮に留まっていただきます」
「解りました。では今後のことが分かりましたらお知らせください」
「承知しました。皇帝はどちらへ?」
「あなたがたが来る前に逃げました。私たちを置いて・・・・・」
そのころ王宮を脱出した皇帝カディエ2世は、帝都郊外まで逃げおおせていた。
「よしよし・・・ここまで来れば大丈夫だ」
郊外の粗末な小屋で息をひそめている皇帝
だが追手はそんな皇帝を追いかける。
「あ?皇帝?あんな奴知らねえよ」
「皇帝ねぇ・・・だれですかね?」
「知らない知らない」
追いかけるアンドレア大尉の部隊は街の人々、郊外の農家に聞くものの・・・
「こんなに嫌われている皇帝がいるとは・・・」
「そうですね、みんな関わりたくないんですね」
街道沿いに粗末な小屋があった。
「誰かいるか?」
「・・・」
「いないようだ・・・ん?」
なにか人の気配を感じた兵士は仲間に「この小屋怪しいと大尉殿へ伝えてくれ」
「解った」
しばらくするとアンドレア大尉たちがやってきて、その小屋を取り囲む。
そうとは知らない皇帝カディエ2世。
何気なく窓から外を見ると・・・
「あ!やべぇ・・・囲まれてる?マズいなこれは」
ドアが開き、兵士たちが続々と入ってくる。指揮官らしきもいる。
小屋の中を探っている。しかし小さな小屋だけに・・・
「あ!いた!!いたぞ!発見!」
(うわっ・・・見つかったか・・・)
「皇帝カディエ2世さまとお見受けする。我々と同行願いたい」
「やだね・・・」
「そこをまげて願いたい」
「断る」
「では致し方ありません。この場で死んで頂きます!」
と、その指揮官は長剣を鞘から抜いて大上段に構えると・・・
「わかったわかった。一緒に行くよ。勘弁してくれ」
「ではご同行願えますね?」
「・・・」
縄をかけられ連行される皇帝カディエ2世。
その姿は皇帝として大帝国に君臨していた同一人物とは思えない哀れさ。
「閣下、皇帝陛下を発見しましたのでお連れしました」
ヴァネッサとクララが皇帝を前に膝まづくと、その場にいた兵士たちもそれに続く
「コレルハウト帝国は崩壊しました。
あなたはもう皇帝ではありません。あなたには二つから選択してもらいます」
「なにごとだ」
「一つはこの場で自決していただく」
「もう一つはご家族や家臣、帝国国民に詫びを入れてもらい、平民としての生活を
続けていく」
「平民となるのか?この俺が・・・断るね」
「ではこの場で死んでもらいますが」
「ここでか?いやだね。それも」
皇帝夫人に「あなた、ここでお詫びして平民として生活しましょう。私がいます」
と言われても「やだね・・・平民だ?お断りだ!」
「パパ、私たちと一緒に生活しましょうよ!」子供に言われても「やだよ!」
「ご夫人。お子様もお諦め下さい。もうこの方の性格を直すことは不可能です」
「そこを何とか・・・」
「私たちも無用な殺生はするなと国王陛下から言われています。
だからしたくは有りません。ですがここまで頑なだと・・・」
「クララ。こいつを斬れ!」
「えっ?私が?なんで?」
「いいから斬れ!」
「・・・・解った・・・じゃあ殺るわ」
クララと部下たちは皇帝を隣の部屋に連れて行き・・・
「ではあなたを斬ります。いいですね。お覚悟を」
椅子に座らせ部下に命じて縄で椅子に固定するのだが。
クララは迷っていた。(こういう役回りはみんな私たち・・・)
「早くやんなよ、お嬢ちゃん」
この言葉に吹っ切れた「えい!」
ズバッ!
ぎゃぁーーーーーー
皇帝は死んだ。
この瞬間、この大陸で巨大な力を持っていたコレルハウト帝国は滅亡した。
返り血をそのままに、ヴァネッサのいる部屋へ戻るクララ。
一瞬ギョッとした表情を見せた彼女に
「もう私たちは帰っていいよね?」
「・・・待って」
「待たない。私たちはヴァネッサの後始末ばかり。なんでなの?
私たちが足手まといなの?いっしょに頑張ろうって言ったのはウソだったのね」
「・・・」
「では私たちは帰ります」
ずっとヴァネッサは黙ったままだった・・・
クララ率いるアバンツオ第7軍は、帝都コレールを後にした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コレルハウト帝国皇帝カディエ2世が殺されたことは
あっという間にミンタシア独立軍や、郊外に駐屯していたアバンツオ第2軍にも
伝わった。
「そうか!帝国は滅亡したんだな。良かった・・・」
「でもイスマエルさぁ、わたしたちデレンマレーノ王国と連携するんでしょ?」
「そうだ。でもそれは部分的な話で・・・」
「まぁね、議論の末決めたことだし、いいんだけどさ。
これでこの国の民が安心して平和な生活ができるのかしら?解らないなぁ・・」
そしてアバンツオ第7軍が連合軍から離脱したという話も伝わっていた。
「どういうことだ?」
「アバンツオは帝国の遺領に関心がないという事か?」
「っていうかさぁ、デレンマレーノは本心ではアバンツオを滅ぼして大陸の覇権を
握りたい。そういう野望があるんじゃないの?そもそもさがさぁ」
「可能性はあるけれど・・・」
アバンツオ第7軍の戦線離脱は大きな波紋を両国に及ぼすことになる。
完
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