王国の野望⑪部下の裏切りと親友の温かさ
ヴァネッサが出した手紙が届かなかった理由、それは。
手紙自体が検閲を受けてしまい、そのため
「トンプソン少将、あなたを軍律違反で拘束します」
「なぜです?軍律に違反した覚えはありません!」
拘束に来た憲兵隊は彼女が書いた手紙を見せ「これが証拠です」
(まさか・・・検閲されるとは。軍事郵便は受けないはずだが・・・)
そこへ「少将殿」
「ジャネット中尉?まさかキミが?」
「そうです。あなたが最近の発言がどうも気になっていたので、憲兵隊にひそかに
通報していました」と笑顔で話す。
「・・・そうだったのか・・・うかつだった・・・」
ヴァネッサ・トンプソン少将は参謀本部へ身柄を移され、軍事裁判により
デレンマレーノ軍から軍籍剥奪、王国から追放処分となった。
「仕方ない・・・これもわが身から出た錆。クララの元へ行こう」
彼女は旅行者の様な楽な服装で馬車で王都デレンマーを馬車で離れたのだった。
デレンマレーノとアバンツオの国境の街、デュロリカ。
「あなたはトンプソン少将ではありませんか?」
国境警備隊の隊長が彼女の顔を見て驚きの表情をしている。
「もう少将ではないわ。ただの旅行者よ。はいこれ」と身分証を提示する。
「何かあったのですか?」
「いえ。なにもありません、旅がしたかったのです。それだけ」
「そうですか・・・お気をつけて」と言いながらもいぶかしげな隊長。
そのあとをジャネットが尾行していた。
(彼女の行き先を突き止めなければ・・・ベルケルさまへ通報しないと)
ヴァネッサの行動が不審であった時期から、行動を探っていたのがベルケル。
第11軍付きにしたのも、彼女の様子を監視しやすいと考えていたし
ジャネットというベルケルのスパイ、協力者がいたのも好都合だった。
デュロリカの街に入るヴァネッサ。
「ここに泊まろう」ある宿屋にはいり、
宿泊代を前払いし荷物を部屋に置き食事のために外へ出る。
街はデレンマレーノ軍により破壊されたが見事に復旧しており、
人も多く賑わいを見せている。
レストランに入るときに、何か、誰かが尾行している雰囲気を感じていた。
(誰?)
食事をしている間も、誰かの視線を感じていたのだ。
(もしかして・・・)
宿に戻りその晩は何もなく明けた。
王都アバンツオへ向かう街道。
馬車も頻繁に走り、それが荷台に多くの農産物を載せて走っている。
行商人や旅行者も歩いていて、この国が経済も好調な様子がうかがえた。
アバンツオとの中間地点にある街、ブルオトリックに着いた。
「少将殿」
「ジャネット・・・キミは何しに来たのだ?尾行して来たのか?」
「そうです。あなたはデレンマレーノ軍にとって危険人物。行き先を突き止める
必要があるのです。どうせアバンツオへ行くのでしょう?解っています」
「キミがそんな奴だとは思わなかった、私がうかつだった」
「いまさらそう言われてもねぇ・・・ベルケルさまから指示された訳ですし」
「なに?ベルケルが?キミはベルケル一派のスパイだったのか?」
「やっと分かりました?スパイです、第11軍をベルケルさまの意向に従うように
内部にスパイ網を構築しておきましたしね。もうベルケルさまの思うまま」
「そう。解ったわ。あとでまた会いましょう」
「承知した」
その夜、
ジャネットが指示された場所は街から離れた街道沿いの橋のたもと。
(あたしを殺そうとしても無駄よ・・・)
あたりは暗く、街道沿いにポツリポツリと薄暗いランプがともっているだけ。
彼女が人の気配を感じて振り向いた瞬間
ばさっ!
「うっ・・・・貴様!・・・くそ・・・・不意打ちか!それでも軍人か!」
「うるさい!私を陥れた罰だ!」
「くっ・・・こんなところで・・・ぐはっ・・・」
袈裟懸けに斬った後、剣でジャネットの心臓を一突き。
「すまないなジャネット。私にはまだやることがあるのだ。
ベルケル一派に支配されたデレンマレーノ軍を倒すことが目標なのだ!」
「ふっ・・・そ・・んな・・・こと・・・できないわ・・・」
「まだいうか!」
どっ!
もう一度背後から斬り捨てた。
ジャネットは死んだ。
彼女の死体を川に流す。(そのうちデレンマーに着くだろう)
デレンマレーノ軍第11軍ではジャネット中尉の行方が分からなくなったことを
不審に思い、憲兵隊を含めて周囲を捜索したところ、川から斬殺死体が上がったと
連絡があった。
「これは・・・ジャネット中尉?」
第11軍司令部が確認したところ、確かにジャネット中尉であることが判明。
その中尉の身辺調査を行うと・・・
「こいつはスパイ?ベルケル一派の?」
そこから芋づる式にスパイが見つかり、結局第11軍の将校下士官兵総勢127名の
スパイ容疑者が見つかりすべて軍籍剥奪されたのち王国追放となった。
「そうか・・・まぁ仕方ない。だが俺たちの計画はいささかも狂いがない
このまま続けよ」ベルケルは腹心の部下たちに告げた。
やがて王都アバンツオに到着したヴァネッサ。
だがそこにクララの姿はなかった・・・
アバンツオで王国国防部へ行き消息を訪ねたヴァネッサは詰所で問い合わせた。
「はい、クララ・フォン・ベルガー少将は現在第8軍指揮官として
ブルオトリックから南へ行ったところにあるハルリパーク駐屯地にいます」
「そうですか。ありがとうございました」
「あなたさまは?」
「私はヴァネッサ・トンプソンと申します」
「国防部へ来たことを連絡しましょうか?」
「そうしていただけると助かります」
「では明日のこの時間に、ここへ来てください。身分証をもって来て下さい」
「承知しました」
夜、アバンツオのホテルで。
(クララは私をどう見るんだろう・・・
かつては・・・そうだったけど、でも今は・・・)
朝食を済ませ、指示された時間に王国国防部へ行くと。
「ヴァネッサ・トンプソンさまですね?どうぞこちらへ」
通されたのは詰所の奥にある、応接室。
「しばらくお待ちください」
ブロンドのロングヘアの女性士官が入ってきた。
「トンプソンさまですね?お話は聞いております。
私はクララ・フォン・ベルガー少将の副官を務めますカトレーン・ブラウンと
申します。ベルガー少将はいま対デレンマレーノ軍作戦行動中ですので、
お会いすることは出来かねますが、さきほどあなた様への言付けがありました」
「はい。それでお会いすることはできますか?」
その答えはヴァネッサを奈落の底へいざなうものだった。
「その方はどなたですか?私は存じません」
「そんな・・・クララが?それは本当ですか?」
「はい、間違いありません。私が直接通信石で聞きましたので」
「・・・・」
打ちひしがれた表情で王国国防部を出るヴァネッサ。
その表情は暗く、足取りも重く、宿泊しているホテルの部屋に入ったまま。
うつぶせにベットに横たわり・・・
「クララ・・・私はどうしたらいいの?」
クララに会いたい一心でハルリパークへ向かうことにしたヴァネッサ。
旅装を整え、ホテルを出る・・・
(この美しい街を破壊しようとするデレンマレーノ軍は許せない
何とかならないものか・・・それにしてもクララはなぜ?会いたくないと・・)
街道を重い足取りで歩くヴァネッサの横を、
荷台に多くの農産物や工芸品を載せたものや、旅人や商人を載せた馬車が
彼女を追い越し、あるいはすれ違っている。
もうすこしでハルリパークまできたところで。
「ヴァネッサ」と呼ぶ声がする。
こんな場所で声をかけられるはずはないのだが・・・
「ヴァネッサ!!」
その声の主はクララだった。
「クララ」
「しばらくだね?元気だった?」
クララの屈託のない笑顔を見たヴァネッサ。
以前と変わらないウェーブがかったブロンドのボブヘアに大人びた顔つきに
変貌したクララが満面の笑顔でヴァネッサに抱き着いてきた。
「クララ?ほんとにクララ?」
「本物に決まってるでしょ?あたしの顔見忘れたの?やだなぁwww」
「だった、あなた会いたくないって・・・」
「ちょっと驚かせようと思っただけよ!真に受けちゃったの?
ヴァネッサは真面目だからね!ふふふふ」
「もう・・・クララったら・・・」泣き始めるヴァネッサ
「ちょっとやりすぎちゃったかな?でもさ会えたんだし良いじゃない。
ハルリパークへ行くんでしょ?一緒に行こうよ」
「でも・・・」泣きはらした目をクララに見せながら
「もう私は軍人でもないし、一般人よ。行っていいの?」
「またその話は、行ってからしようよ!ね」
クララはやってきた乗合馬車に向かって手を挙げると
「ハルリパークまでお願い」「あいよ!」
「アバンツオ王国軍の方ですね?こちらへどうぞ」
先客たちが席を譲ってくれた。
「ありがとうございます。この方もいいですか?」
「はい!もちろん」
「王国軍の方がいて、初めて私たちは平穏な生活ができるのです。
軍の方々は我々の為に命がけで戦って下さいます。尊敬せずにはいられません」
少なくともデレンマレーノ軍に対する市民の目はあまり良いものでは無かったから
相乗りしている馬車の乗客たちの反応は意外に見えたのだ。
「ここでいいですか?」
ハルリパーク王国軍駐屯地と書かれた門の前で馬車を降りる二人に
乗客たちは手を振ったり、なかには敬礼している者もいた。
「アバンツオは自力でデレンマレーノの軛から逃れたっていう自負もあってさ
軍人にたいする尊敬度が高いのよ。あたしには始め意外だったけどね。
でもそういう歴史があることを知ってからは、今まで以上にこの国を
守らなきゃっていう気持ちが大きくなってきたんだよ」
「そうなんだ。うらやましいね、デレンマレーノ軍に対して嫌がらせをする市民も
いたくらいだからねぇ」
「悪いけどここで待っててくれる?」
「うん」
詰所の応接室で待たされるヴァネッサに軍属のメイドが接待してくれている。
「ようこそ!ハルリパークへ。少しの間ですがごゆっくりされて下さい」
やがて副官を伴ってクララが戻ってきた。
「あなたは。あの時の」
「はいカトレーン・ブラウンです!驚きました?」
「え、ええ・・・」
「実は・・・少将殿と謀って・・・ちょっと驚かせようってことで。
申し訳ありません・・・」
カトレーンはクララと似た感じだがすこし大柄な、眼鏡が良く似合う女性士官。
「それで今後はどうするの?」
「出来れば一般人として静かに暮らしたいな」
「そう、軍に戻ることは考えてないの?」
クララもカトレーンも、むしろそっちに気が向いているようだ。
「うーん、もういいかなぁって思うんだよね。いままで嫌なところばかり見たし」
「そう?あなたならすぐに軍司令官としてやっていけると思うよ。
アバンツオ軍は誰隔てなく平等に扱ってくれるしね。ねカトレーン」
「そうですよ、私も以前はミンタシア独立軍にいたんですけど・・・」
「えっ?そうなの?」
「そうです。でもあたしがいた組織はあっさりやられて。デレンマレーノ軍に」
「そうなの、このカトレーンは一時デレンマレーノ軍の捕虜になってたんよ。
でもある時、首都デレンマーに移送されそうになったときに上手く脱走したんだ
それを私たちが保護したんだよね。それからはあたしの副官よ、頼りになるの」
「そんな・・・少将殿にそんな言われるなんて・・・恥ずかしいですよぉ」
クララとカトレーンのいい関係がヴァネッサにはうらやましく見えた。
かつての副官だったジャネット中尉は結局裏切り者だったし・・・
「あなたにその気があれば、参謀本部に問い合わせてみるよ」
「う、ううん、考えてみる」
「そう、いい返事聞かせてね。あっ!いけない!カトレーン。会議の時間よ!」
「そうですね、急ぎましょう!ではまた後程」
「ごめんねヴァネッサ。また連絡するよ」
「うん」
詰所を出てクララに紹介してもらった宿へ向かうヴァネッサ。
これほど軍人が尊敬されている・・・
デレンマレーノではこんなことはなかった。
それなら、もう一旗揚げてもいいのかな。
詰所に戻り
「ベルガー少将に面会を」
「どうしたの?なにか有った?宿に問題とか?」
「いや。私もう一度、頑張るよ」
「えっ?それは軍人として?」
「出来ればね。まだ私23歳だし、まだまだ出来ると思うよ」
「解った、じゃあ参謀本部へ連絡とるよ」
「頼むね!」
その良き知らせはすぐにヴァネッサに知らされた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
同じころ
北部からデレンマレーノ軍の侵攻を受けるアバンツオ軍第2軍と第7軍
その連携がうまくいかず、ちょうど中間地点からデレンマレーノ軍の侵入を
許してしまい、第7軍が孤立状態に陥ってしまった。
「アバンツオ第7軍を包囲殲滅する。作戦準備にかかれ!」
じわりじわりと包囲網を縮めていくデレンマレーノ軍が二人の使節を送った。
「あなた方はすでに完全に包囲されています。このまま大人しくわが軍門に下るか
さもなくば」
「どうされるおつもりか?」
「すべて殺します。蟻一匹に至るまでですが、如何されますか?明日夕方までに
回答を願いたい」
通信石を使って参謀本部へ連絡するアルスマイヤー少将。
「われわれは敵に完全に包囲されました。明日夕方までにどうするか回答せよ
とのことであります!最後まで戦うことにいささかの曇りもありません!」
「待て!いましばらく待つのだ!こちらから指示する!」
「女王陛下、元帥殿。第7軍は敵に包囲されています。
戦意は相変わらず高いのですが、兵力で劣る現状では、打つ手が・・・」
「参謀長がそんな弱音を吐いてどうしますか?最後まで戦う意思があるのであれば
その作戦を考え下令するのが、メレイ、あなたの仕事ですよ」
「解りました。では今しばらく猶予を」
完
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