王国の野望⑩反撃開始
ナライ公国を占領したデレンマレーノ軍
そのまま捕虜とした大公警備隊を先頭にアバンツオ領へ侵入した。
国境を越え、山道の峠を越えようとしたとき、
両側から矢が雨のように降り注いできたのと同時に
アバンツオ軍第9軍が指揮官を先頭に向かってきたのが見えた。
「散開せよ!」
「進め!敵を殲滅するのだ!」
第9軍の指揮官はマーガレット・ローズ・ムーア少将。
そのムーア少将が自ら先頭にたち攻め込んでくる。
たちまち数名が斬り倒される。
「マズい、撤退だ!引け!」
すると今度は背後からもう一隊が退路を遮断する。
「これはマズいことになった」
「どうする?」
「このまま進むしかない!」
一緒になって戦っていたナライの捕虜たちを保護しながら第9軍が攻めてくる。
「だめだ・・・このままではやられる・・・」
勇猛果敢な第9軍の攻撃になすすべを失ったデレンマレーノ軍は
もう半数の兵を失っていた。
「降伏せよ!さすれば悪いようにはせん!」
「どうするよ。悪いようにはされないようだぞ」
「だめだ!最後まで戦え!」
「俺は断る!」
数名のデレンマレーノ軍兵士が戦線を離脱する
「もはやお前たちに勝利はない!このまま降伏するのだ!」
「断る!」
「解った。では殲滅あるのみ!突撃!進めぇ!」
ムーア少将の苛烈な攻撃に耐えられなくなったデレンマレーノ軍は
10数名の捕虜を残してすべて殲滅された。
第9軍はそのまま進んでナライ公国を解放し
そのまま公国の守備隊として駐屯を続けることとなる。
「大公殿下、お怪我は有りませぬか?」
「私たちは大丈夫です。我らナライ公国を助けて頂き、ありがとうございます」
「私どもとナライ公国は友好国の間柄、何かありました場合はすぐに参上します」
港に停泊していた2隻の帆船は、第9軍が拿捕。
「違うんだ!俺たちは何も知らない。ここへやってくれっていうからさ」
「本当か?嘘をつくと為にならんぞ!」
「いやいや本当だって!デレンマレーノ軍の連中だとは知らなかったのさ。
途中で海岸沿いの詰所を破壊したことも、ナライを占領したことも俺たちは
あずかり知らぬことだ!」
「解った、じゃあお前たちはどこの人間だ」
「俺はユスタンスの船大工、そしてこいつらは船員として乗り込んでいただけだ」
「ユスタンスの連中がなぜここへ?」
「俺たちが住んでいたユスタンスはデレンマレーノに占領されたんだ。
それで無理やり、船に乗り込むことを強要されてここへ来ただけなんだよ」
「船はここでアバンツオ軍が拿捕する。お前たちはここで破壊された街の
復旧作業をやってもらう。捕虜たちと一緒にだ!いいな」
破壊された建物や道路の復旧作業を地元の建設職人たちと一緒にやっている。
「なんで俺たちゃあ、ここでこんなことするんだ?」
「デレンマレーノが来なきゃあ、こうはならんだろうにな」
「まったくだ。ホントにデレンマレーノの連中はロクなことしねえな」
「閣下、この船をどうしますか?」
「我々ではどうする事も出来んな。あの大きな筒のようなものは危険だ。
あれだけでも何とかしたいな。なにか案はないか?」
「ナライの者たちに考えさせましょう。何か妙案があるやもしれません」
「そうだな。では大公どのへ報告せよ」
「かしこまりました」
ナライ公国大公親衛隊を補強するアバンツオ軍第9軍。
対デレンマレーノ戦を意識して新設された軍団であり、
指揮官のマーガレット・ローズ・ムーア少将は、コレルハウト帝国のイセリヤの
在地領主であるムーア家の出身であり、当時からその才能を見込んだムーア伯爵が
コレルハウト帝国軍士官学校に進学させ、全学年で首席のまま卒業するという
それまでにない偉業を達成した才女である。
まだ21歳。
少将としては異例の出世を果たした彼女は士官学校卒業後、
帝国軍勤務だったが、帝国が崩壊すると同時にアバンツオ軍へヘッドハンティングされ、アバンツオ軍に勤務していた。
そしてその類まれな才能を見て取ったフィッシャー元帥により新設された
第9軍の指揮官に任命したのだった。
そういう点ではクララ・フォン・ベルガーと同じ経歴だ。
しかしマーガレットはナライ公国での戦功が認められ、
そのままナライ公国に駐屯し大公親衛隊を補佐する立場となった。
大公親衛隊はそれまでクララが指揮していた。
彼女が軍中央に異動後、親衛隊長には叩き上げの軍人、ニック・レイノルズ大佐が就任していた。
「隊長殿、これからは我らアバンツオ軍第9軍が補佐します。
今後ともよろしく頼みます」
「いえいえこちらこそ、今回は危ないところを助けて頂き、感謝しておりますぞ」
こうしてナライ公国は今まで通り、のんびりとしたリゾート地として続いていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
同じころデレンマレーノ軍第10軍を指揮していた
ヴァネッサ・トンプソン少将にも転機が訪れようとしていた。
「ヴァネッサ、キミの第10軍はアバンツオにやられたそうだな」
「申し訳ありません」
「しばらく司令官の地位を剝奪する」
「そんな!確かに私の指揮が拙劣だったがゆえに敗れはしました。
ですが、作戦起案は参謀本部です、私が処分されるなら参謀本部も同罪
ではありませんか?」
「そうか、お前はそういう考えなのか。
わかった、ちょうどよい、お前は第11軍司令部付に異動だ!」
「くっ・・・」
第11軍は王都デレンマーとイセリヤとの中間に位置するアミヨン峠の麓の街
アミヨンを拠点としている部隊であり、どちらかと言えば士気も低く、
峠に布陣する近衛軍とは諸待遇の面で格差をつけられていたから
「どうせおれたちゃあ、捨て駒さ」
「ああ、そうだ。近衛の連中の後詰でしかねえもんな」
「やってらんねえぜ」
第11軍司令部に着任のあいさつをしにいく・・・
「本日付で第11軍司令部付を命じられました
ヴァネッサ・トンプソン少将であります。閣下が司令官殿でありますか?」
「あ?あ、そう。おれがこの11軍司令官ってやつよ。よろしくな姐ちゃん」
このなれなれしい男はアルバート・ハリス中将。ヴァネッサよりも遥か年上。
「今年でさ、おれ定年退官なんだよね。それまで何もなければ良いけどよ。
峠の向こうが何やら騒がしくなってるしさ、姐ちゃん頼んだよ」
「承知しました」
駐屯地を見回しても、ガラの悪い兵士がいたり、そうかと言えばきっちりとした
軍服を着てさっそうと歩いている若い士官もいる。
(もう少し何とかならんかなぁ・・・)
「姐ちゃん、ちょっと来てくんねぇか?」
「閣下、その姐ちゃんという呼び方はお止め下さいませんか?」
「え、あ、そうかい?じゃあヴァネッサでいいか?」
「は、はい。それでご用件は?」
「それなんだけどよ、参謀本部から指示が来たんだよ。
ヴァネッサちゃんにやってもらえないかってさ。どうだろ?」
「まずは作戦計画を拝見します」
「お、これな」
【イセリヤのゲリラがアミヨン峠を越え王国領内に侵攻する計画がある
貴軍はその侵攻を近衛軍と連携のうえ、阻止すべし】
「閣下、この作戦はいつ開始なのですか?」
「それな。詳しく書いてねえんだよ。もっとキチンと書けって!
ま、それは良いけど近衛軍と連携って言ってるからさ、ヴァネッサちゃんよ
近衛の連中と話付けてくれないかな?何人か連れてっていいからさ」
なれなれしいハリス中将にはうんざりだが・・・これは上官指示と言い聞かせ。
「では司令部で手の空いている者を連れて行きます」
「おう、そうしてくれ」
「ジャネット中尉、スターリンク少尉、手勢数名を連れて私と同行してくれ」
「はっ!承知しました。ただいま参ります!」
隣にはジャネット中尉、後ろにはスターリンク少尉、
いずれもこの軍団では比較的”まとも”な考えの二人の若い士官が同行し
近衛軍が布陣するアミヨン峠へ向かった。
「時にジャネット中尉」
「はい。何でしょう閣下」
「キミはデレンマレーノ軍に勤務して何年だ?」
「はい、士官学校を卒業して5年になりますから今、21歳です」
「そうか。軍の勤務はどうだ?」
「そうですね、大変ではありますが国を守る崇高な仕事ですし
大いにやりがいを感じています。ですが・・・」
「どうした?」
「最近、参謀本部から下される作戦命令書には、素人が書いた?と思うような
命令が多く出されていて、これに対応するのが大変です」
「そうか・・・」
近衛軍が布陣している峠に差し掛かったところ。
「ヴァネッサ・トンプソン少将ですか?
私は近衛軍主席参謀ジェレミー・アトキンソンです。司令官の元へご案内します
どうぞ、こちらへ」
「ようこそお出で下さいました。私が近衛軍司令官ジェイソン・レイモンドです。
よろしくお願いします。こちらはトム・ノーラン少将です」
「ノーランです。よろしく」
「第11軍付きヴァネッサ・トンプソン少将。こちらはジャネット・ロビンソン中尉
そしてフィリップ・スタンレー少尉です。イセリヤからのゲリラ対応への作戦を
調整するようハリス中将より指示がありましたため、罷り越しました」
「話は聞いています。ですがゲリラ対策のために貴軍まで対応いただく必要は
無いと考えています。参謀本部からは意味不明な指示が多く困惑しています」
「我らは不要と言う事でしょうか?」
「さよう、我々近衛軍のみで対応可能です。イセリヤのゲリラは多く見積もっても
1000人程度、われらは1万の軍勢で迎撃する予定であり、勝敗はすぐに決すると
考えていますし、現在も索敵をしっかり行っており、問題はありません」
「しかし我々に届いた作戦命令書によれば、近衛軍と連携せよと・・・」
「おかしいですね、私たちに届いたものにはその様な事は書かれておりません」
「え?それはどういうことでしょう?」
「それは私たちにも分りません。参謀本部へ問い合わせた方が早いのでは?」
「・・わかりました。参謀本部へ連絡します。今日はこれで失礼します」
「おつかれさまでした」
第11軍へもどる道中でも
「ジャネット中尉、フィリップ少尉。キミたちがもし上官を、参謀本部などを
信用できないと判断したらどうする?」
「それはどういう意味でしょう?」
「すまん、今の話は無しだ」
「承知しました閣下」
駐屯地へもどり官舎の自室へ戻ってきた。
椅子に座り、窓から見える夜空を眺め(クララ・・・あなたならどうする?)
と考えていても、まとまらない。
彼女が信頼する副官でもあるジャネット中尉を呼ぶ。
「先ほど話したこと覚えているか?」
「信用の話ですか?」
「そうだ。私が信用できないとなったらキミはどうする?」
「難しいですね。上官命令は絶対ですが、その命令が信用できないのであれば
任務遂行出来ませんし、私の部下への指示もできませんから作戦行動は出来ない
そう考えます。もしかして少将殿は軍務を離れたいとお考えですか?」
ジャネット中尉の目をじっと見つめながら
「私自身は軍人として確実な仕事をしたいだけだ。それが叶わないのであれば
躊躇なく軍を離れる」としっかりとした口調で答えたヴァネッサ。
「少将殿がそのようにお考えなら、私も同行したいと考えます」
「なぜだ?」
「私は少将殿の副官ですから」と言ってニコッと笑った。
「ジャネット・・・キミってやつは・・・」
それからしばらく二人で今後のことを話し合っていた。
ヴァネッサは一通の手紙を書いていた。
それはアバンツオ軍第8軍指揮官となった親友クララ・フォン・ベルガー少将へ。
その手紙はクララの元へは届かなかった・・・
完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます