戦いの余波④兄と弟
「陛下!ただいま帰りました」
「おう!おつかれ。反乱軍は制圧できたか?」
「いえ」
「なんだと?」
反乱軍のトップと会談した内容を詳細漏らさず国王である兄に打ち明けると、
その兄の顔はみるみるうちに赤くなり・・・
「てめぇ!俺の顔に泥を塗る気かよ!国王の弟だろ?
なんで反乱軍ごときうじ虫どもを殺すことができねぇんだよ!あっ!」
「兄上、今日はわたくしゲルハルト・ツェルナー。この場であなたに斬られる
覚悟をして参りました」
「なに?」
「弟である以前に一人の人間としてあなたに忠告しておきます。
あなたは私の兄であり、この国の王です。国王には高い見識が必要です。
にもかかわらず、あなたは常に堕落し、不誠実な国民への対応、国王たるもの
いつでも国民の幸せを願い、そして自分を律し国民の手本であるべきです」
「・・・」
「ですがあなたは、そうではありません。
夫人のほかに何人もの側室を置き、さらに子供まで・・・嘆かわしい限りです」
「・・・」
「もうあなたに国王の資格はありません。潔く退位されてはいかがですか?
さすれば国民の事を考えて退位されたと皆、そう思うでしょう。それがあなたの
国民への謝罪だと思いますが如何ですか?」
兄はその場で剣を抜き、弟に斬りかかる。
「んだよ、偉そうに!俺に説教かよ!良い度胸してんな。このウルリックさまが
お前を再教育してやんよ!こい!かかって来いよ!」
「仕方ありませんね、これで終わりですよ」
ジリジリと間を詰めるウルリック
上段に構えるウルリックに剣を下に向けながらも目は兄を見ている。
ヤッ!
ガン!
ばさぁ・・・ゴンと鈍い音を立てて、ウルリックの剣は跳ね飛ばされた。
倒れこむウルリックののど元に自らの剣を突き付けるゲルハルト。
「あなたはもう、国王ではない。潔く退位すべきです!」
がっくりうなだれる兄・ウルリック
つかつかと歩み寄る弟・ゲルハルト
黙ってその場を去るウルリックの姿が公の場での最後の姿だった。
数週間して
「元帥閣下、もう兄上様は帰ってこないでしょう。
これ以上国政が混乱することは望ましくありません。あなた様が国王として即位
されてはいかがでしょうか?」
「そなたの言うことも一理ある。ではあるが国王陛下が宣言しない限り、
私が即位することはできない。わが国法にもとる行為だし法律もないのなら
逃亡した前国王を捕らえてくるしかないのだ」
*************************************
ここはモーダビア州と隣国の大国【コレルハウト帝国】との国境に近い辺境の村。
「やぁイスマエル、きょうも元気そうだな」
「モンタニューさん、おはようございます。いい天気ですね」
このイスマエルと呼ばれた男こそ、
逃亡したウルリック元国王だ。
弟ゲルハルトとの出来事があった後、この地に隠れ住んでいたのだった。
(俺はまた国王に戻るのだ)とは思うものの・・・
「イスマエルさん。ねぇ今日はどこへ行くの?」
「え、今日かい?アンドレの農場に働きに行くけど」
「ああ、そうだったのね。こっち来てどの位になるんだっけ?」
「もう半年くらいかな。アンドレのとこは働きやすいよ。給料もいいしね」
「そう、よかったね。それはそうと、休みの日にピクニックにでも行かない?」
「俺と?」
「ダメかな?」
「別にいいけど?ナターシャは俺なんかでいいのかい?」
「あなただからよ」
「どういうこと?」
「・・・だって・・・イスマエルって・・・カッコいいんだもの・・・」
ポッと顔を赤らめるナターシャ
確かに俺はカッコいい・・・と自分で言うのもなんだが。
ギリシャ彫刻のような弟ゲルハルトの兄だし、それなりの顔面ではある。
「わかった、じゃあ今度の休みにね」
「ありがとイスマエル」
休みの日
村の教会の前にナターシャが立っていた。
「じゃあ行こうか?」「うん」
イスマエルは馬をアンドレから借りていた。
「よいしょっと」
ナターシャを乗せ、その前に座り手綱を引く
青い空、
おだやかな心地よい風、
一面みどりの草原の中の一本道を、のんびり進んでいく。
小高い丘の上。
「お弁当作ってきたのよ」
一本のおおきなイチョウの木の下で、ナターシャが作ってきた弁当を食べる。
「おいしいな。これはナターシャが作ったのかい?」
「そう。イスマエルと二人でと思って」
「そうかい。ありがとうナターシャ」
こんな穏やかな気持ちになれるのは久しぶりだなぁ・・・
国王として自分は何をしてきたのだろうか。
国民に何もしてやれなかった。
ゲルハルトの言うことは、たしかに癪に障るがもっともだと思う。
丘の上から見る、一面の大草原。
はるか彼方に流れる大きな川。これがコレルハウト帝国との国境だ。
まだ幼かったころ、前国王に連れられて弟ゲルハルトと一緒に連れてこられた事が
有ったのを彼は思い出していた・・・
あのころは良かった・・・
前国王は隣国との長年にわたる戦争を終わらせた。
だが我が国の本来の領土である土地を割譲させられるという屈辱的な和睦の末の事
「それしか手はないのだ・・・」とグッと涙をこらえていた前国王の苦渋に満ちた
顔を見たことを思い出していた。
あれから20年
ウルリックは国王に即位した。
当初は前国王の施政方針をそのまま受け継ぎ、安定した国家運営ができていたが。
前国王の妃、つまりは母親。その人はいつも国王である俺よりも弟を可愛がり、
俺の事は二の次、三の次だった。それが俺にはつらかった・・・
そのうち、気持ちが萎えてしまった。
なら優秀な弟にやらせなよと直に言ったこともある母親に。
メイドも一緒になって、嫌がらせをすることも。その都度前国王が窘めていた。
その前国王は俺が国王に即位したのちも、よく面倒を見てくれたし、
国王としての心構えや、いろいろなことを教えてくれたからこそ、国王として
やって来られたのだったが・・・
即位して2年後、前国王が亡くなった。
このあたりから、俺がやろうとしたことはすべて前国王夫人が、出しゃばって
やろうとしてきたから、それは俺の仕事ですと何度も言ったのに、言うこと聞かず
おまえがやれ!と何度も言ったけれど、その都度断られた。
そのあたりから、なんだかやる気を失った気がした・・・
夫人もいたけど、物足らなくなって第二夫人、第三夫人と手を出すようになった。
憂さ晴らしでもあったのだが、そのうち子供もできるようになったから金がない。
「財務卿、お前の仕事だ!住民から税金巻き上げてこい!」
「それは少し乱暴すぎやしませんか?国王」
「言うことをやれ!以上だ」
そのうち王室への評判は地に落ちたといわれるようになったのも、俺のせいだ。
まぁあのタイミングでアバンツオが独立したし、ほかの州でも不穏な空気に。
いいよ、やりたきゃやれば?って感じで放任、容認していたのだった。
一応反乱を鎮圧すべく弟に反乱を鎮圧せよと命じたのだが、無駄だった。
「気持ちいいねイスマエル」
「そうだね、日も暮れてきたし、そろそろ帰ろう」
「うん」
やがてイスマエルとナターシャは結婚した。
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「兄上はどこへ行かれたのか?誰か知らないのか?」
ウルリックの後を継いで国王に即位したゲルハルトは、行方知れずになった兄を
探していた。
彼が即位したのち、
王国も経済的に上向き、アバンツオ公国同様税金を下げたことが、いい状況を
生み出し、住民たちも表情が明るくなり自分の仕事に精を出すようになった結果
国内の経済が改善してきたのだった。
「そろそろ兄上にもご帰還願えればと、見つけたら言ってくれ」
「かしこまって候」
ゲルハルト・ツェルナー国王から依頼された捜索隊は国内くまなく探してはみたが
なかなか見つからない「どこへ行かれたのか?」
「もし見つかったら如何されますか?」
「それはもちろん、一緒に国政をお願いできないかと伝えたい」
やがて・・・
「兄上様を見つけましたが・・・」
「何!兄上が見つかった?」
「はい。ですが・・・戻らないとの思し召しです」
「そうか・・・だがなぁ・・・」
「まぁ良い、すぐに戻ってこないだろう。また兄上のもとへ行ってくれぬか?」
「かしこまりました」
ゲルハルトは確かに優秀だが、決断力に乏しく、その不足している部分を
兄ウルリックにサポートしてもらおうと思っていた。
ウルリックは明るく気さくで、ここ一番の決断力に優れているからだ。
使者が再び兄のいる辺境の村へ出かけて行った。
完
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