落日の帝国②帝国派遣軍の出発

王都アバンツオを出発して丸一日


「あれがグラモント砦ですね、本当に巨大なんですね」

「ああ、あれを攻め落とそうとして帝国は逆に壊滅してしまったのだ・・・」

「大佐殿は帝国のご出身ですね。本当は行きたくないのではありませんか?」

「レアンドル中佐、キミは私をどう思っているのだ?

 私はアバンツオ王国軍の軍人だぞ。出身は帝国だがアバンツオに身も心も

 捧げる覚悟なのだ。その気持ちは変わらないぞ」

「失礼しました大佐。私はてっきり任務を拒否されると思っていました」

「それはないぞ中佐。帝国はこの大陸に存在してはならないのだ。

 そこはキミにも分ってほしい」

「解りました」


グラモントの街を抜け砦の麓に着陣。

「レアンドル中佐、アレクサンダー中佐、ミッチェル少佐、キミたちは、

 私と同行してリナ・マツモト大将に挨拶に行くぞ」「はっ!」


砦の中を進む。

やがて中庭に出ると、そこにアバンツオ王国軍第1軍司令官リナ・マツモト大将

その人が副官や幕僚を従えて待っていた。

「ようこそ。グラモント砦へ。

 私がリナ・マツモトだ。女王陛下からこの砦を預かる身である。

 これから諸君は困難な任務にあたると聞いている。粉骨砕身、王国のため

 多くの国民のため励んでもらいたい。以上だ」

「改めて今回の任務が重大であることを身にしみて感じています。

 司令官殿のお言葉に答えられるように、存分に働いてまいります」



「今回、総司令官閣下直々の依頼でわが軍からも部隊を派遣することになった。

 こちらへ」

リナ・マツモト大将以下幕僚たちと一緒に、砦の外にある訓練施設へ向かうと

明らかに新兵の集まりといった集団が訓練をしていた。

「この部隊は最近、わが軍に配属となった志願兵のみで構成された部隊だが、

 まだ実戦経験はない。そこでキミたちと同行させてやってほしいのだ。

 これは総指揮官閣下も参謀長殿からも承認されている。どうだろうか?」

「司令官殿からのご依頼であれば問題ありません。帰ってくるときには

 れっきとした王国軍兵士になっている事でしょう」

「そうなってほしいものだな。ではこの二人に部隊指揮官を務めてもらう」

二人の若い指揮官がきれいな敬礼をした。

「マルガレーテ・フォン・レントシュミット少尉であります!」

「ピーター・フォン・アンドレ少尉です!」

「コレルハウト派遣軍指揮官、クララ・フォン・ベルガー大佐だ。よろしく頼む」

「はっ!」


この国では義務教育は16歳まで。

それを過ぎると各自で上級学校への受験や仕事をするようになるのだ。

だからこそこの新部隊の最年少は16歳。ほとんどは19~21で志願し来るのだそう

「ミッチェル少佐、キミはどうだと思うか?」

「いきなり実戦はむつかしいでしょうが、皆いい目をしてますね」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「では出発!」

クララ・フォン・ベルガー大佐の号令により

アバンツオ王国第7軍【コレルハウト派遣軍】がグラモント砦を出発した。


「良き知らせを待っている!頼むぞ!ベルガー大佐!」

「はっ!かならずや敵を撃滅し無事帰還する所存にございます!」


城壁の上からは守備隊が総出で出陣を見守っている。

「がんばれよーーーー!」

「たのむぞ!!!!」


「出発したな。我々もいつでも戦場に駆けつけることが出来るように

 準備をしておくように。それと休める者は交代で休むようにしてほしい」

「解りました、全部隊に伝えます」

「たのむ」



すでに隣国デレンマレーノ王国の領地を首都へ向かって行進している一行。

「長閑だな・・・このまま戦闘などなければよいのだがな」

「大佐殿、こんな場所でいきなり戦闘が始まることもあります。お気をつけて」

「解っている」

クララは前方を見つめたまま。

ブロンドのウエーブのかかったショートカットヘアが風に揺れている。


「レアンドル中佐、キミは他国から来た軍人の部下になることをどう思う?」

「それは大佐殿のことですか?」

「いかにも」

「まったく問題にはなりません。私は常に上官の指示により行動することが軍人の

 本分であると承知しています」

「そうか。それを聞いて安心した。以前はみなが私をどう見ているのか気には

 なっていた。特に帝国軍に身を置いていた人間を」

「大佐殿以外にも帝国軍から逃げてきた将校下士官は多くいますし、

 気にされることはありません」

クララははるかかなたの故郷を思っていた。

まだかの地には彼女の幼馴染の多くは、帝国内で貧しい生活を強いられている。

(その子たちのためにも、帝国があってはならない・・・)



グラモント砦を出発して二日目

「大佐殿!デレンマレーノ王国の首都が見えてきました!」

「あれか?なかなか素晴らしい街だなぁ」

緑の森のかなたに王宮や教会の尖塔が多数建っているのが見えてきた。

多くのくすんだ赤い色の屋根が街の大部分を占めているようだ・


川にかかる石造りの壮麗な橋を渡れば首都までもう一息。


最後尾の輸送部隊をグラモント砦から護衛している

アバンツオ王国軍第1軍第101大隊。これが志願兵だけで編成された部隊。

「もうすこしで首都デレンマーだ!もう一息がんばれ!」

指揮をするアンドレ少尉の掛け声で、隊員に安堵の表情になっていた所へ


土手の両側に潜んでいたらしい正体不明の部隊の襲撃を受けた。

「敵襲!敵襲!」


「なにごと?」マルガレーテが振り返ると

黒づくめの集団に、部下たちが襲われている!

「直ちに反撃!散開せよ!」

「アンドレ少尉!早く大佐殿へ連絡を!」「了解!」「行くぞ!」

アンドレ少尉は二人の部下を引き連れて先頭を行くベルガー大佐へ通報に行く。


志願兵たちは黒づくめの集団を相手に果敢な反撃を展開しているものの・・・


あっ!


うっ!

あぁぁぁぁ!!!

ギャッ!


負傷者続出のありさまに・・・


マルガレーテは「馬車隊を避難させろ!」と叫び、部下と共に後退させる。

その間にも敵は、間髪入れず攻撃してくる・・・


そのうち

「レントシュミット少尉!」

「レアンドル中佐殿!」

レアンドル率いる一隊が救援に入ると、敵は一度後退するが、すぐに反撃開始。


激しい白兵戦があちこちで展開されている

だがそれも、レアンドル隊の活躍で収束に向かう。


「貴様!どこのものだ!」

最後に残った3人の黒づくめの襲撃者


そこかしこに黒づくめの戦死体が転がっている。


「言わないのか?」

「・・・」

「よし!こいつらを連行する!確保せよ!」

激しく抵抗する3人だが・・・

「くそ!ここまでか・・・」

抵抗する体力もなくなったのか座り込む3人に縄をかけ猿轡をかけ

「来い!いくぞ!こらっ!!」


「レントシュミット少尉、アンドレ少尉。

 二人は負傷者の手当てを。輸送部隊の対応を頼みます。

 それと私の部隊を付けますから、安心してください。じゃああとで!」



「レアンドル中佐。状況を報告せよ」

「はい。最後尾にいた輸送部隊を黒づくめの正体不明部隊による襲撃を受け

 101大隊の10名と輸送第7大隊の3名が負傷しましたが戦死等はいません」

「この3名が襲撃者の一部です。他はすべて殲滅しました」

とレアンドル中佐が連れてきた3名を見て、クララは衝撃を受けた・・・


その正体不明の黒づくめ部隊は、帝国軍の軍服だったからだ。

(こいつらは帝国軍の残党・・・)

クララは馬から降りると。


ばさっ!

ずさっ!


ぐさっ!

3名の捕虜をいきなり斬って捨てた。

「大佐殿!」

「こいつらは帝国軍の奴らだ。生かしておくわけにはいかない!

 そのあたりに捨て置け!」

「しかし・・・」

「構わん!責任は私がとる」

「承知しました」


クララは重苦しい気持ちのまま首都デレンマーへ入場したのだった。


指定されたデレンマー駐屯地に入る。

「ようこそデレンマレーノ王国へ。私は駐屯地司令ファビアン・アルスラン。

 本日は当駐屯地にてお休み頂き、明日国王陛下への接見が予定されています」

「承知いたしました。アルスラン大佐、お気遣いいただきありがとうございます」


その夜

コンコン・・・クララの宿泊している官舎のドアを叩くものがいた。

(だれ?こんな時間に)

ドアを開けるとフードをかぶり俯いた人物が一人。

「どなた?」

バサッ!


「クララ!」

「ヴァネッサ!」

満面の笑顔で抱き着くクララ。

「待ってたよ!クララ」

「ヴァネッサ・・・ありがとう・・・・・」

クララのブロンドヘアを撫でながら「これからが大変よ。一緒にがんばろう!」

「うん。ヴァネッサといっしょなら・・・」


二人の話は夜通し続いて・・・



次の日

国王ゲルハルト・ツェルナー1世と接見したのち

【コレルハウト帝国派遣軍司令部】と看板のある部屋へ通された。

多くの軍人が打倒コレルハウト帝国という目的の為に、忙しく働いているのだ。

「ここはね。帝国を打ち倒すための作戦が連日練られているのよ」

「ヴァネッサも?」

「ううん、私は現地指揮官として作戦命令を忠実に実行することが使命。

 それはあなたも一緒のはずよ。そうよね?クララ」

シャリエ女王もフィッシャー元帥も今回の作戦の目的はコレルハウト帝国の抹殺。

それ以外にはない。この大陸の平和と秩序を安定させるのは。

だからこそ、今回の任務を引き受けたわけだが・・・

「なに?どうしたの。表情が暗いよ。あなたはいつも笑顔だったよね?」

「帝国には私の幼馴染も大勢、まだ残っているの。その子たちが心配で・・・」

ヴァネッサはクララをそっと抱き寄せ、

「大丈夫よ。私たちの目的はあの皇帝を排除する。そして帝国に平和をもたらす

 それが目的なんだよ。帝国国民には一切手を出さない。

 国王陛下からもそう言われているのよ。だから安心して任務を遂行できるの」

「解ったわ、ヴァネッサの言う通りね。

 皇帝一派を排除できれば、あの国ももっと豊かになれるはずよね」

「そういうこと!だから。ね。一緒に頑張ろうね」



出発前の最後の作戦会議が開かれた。

デレンマレーノ王国軍とクララ率いるアバンツオ王国軍の合同作戦だ。


コレルハウト帝国との国境までは3日間の行程。

国境を越えれば、そこは戦場。


「今回の作戦の目的は皇帝一派の排除にある。

 それが達成できれば、そのまま安定するまでは現地で駐屯することになる。

 その間、反皇帝勢力を政権の座につけて安定した国家運営を目指したい」

「すでにその手は打っている。

 反皇帝勢力は現在、我々の庇護下にある、皇帝一派が排除されたら

 すぐにその勢力を送り込む手筈になっているのだ。

 ただ・・・」

「もしも皇帝一派の排除に失敗した場合は、非常に困難な事態となることを

 トンプソン大佐、ベルガー大佐は承知しておいてもらいたい」

赤い軍服のヴァネッサと黒いアバンツオ王国軍の軍服を着用した二人に緊張の色が

走る。(失敗は許されないってことか)(何としてでも作戦は成功させねば)


翌日から

【派遣軍司令部】ではブリーフィングが何度か開かれた。


「もしも失敗した場合は、我々はどうなるのでしょうか?」

「その場合はここから救援軍を送ることになっている。だからと言って安易に

 考えないでいてほしい。キミたちの部隊だけで実行可能なはずだ」




「ヴァネッサ・・・もしも・・・」

「大丈夫。私がいるでしょ?クララ!そんな気持ちではダメよ」

「うん、でも・・・」

「ふふふ、あなたは心配性ね。あの頃はもっと笑顔でいつも居たじゃない!

 さぁこれを見て」鏡をもってクララに見せるヴァネッサ

「笑って!あなたのトレードマークだったでしょ?笑顔は!」

ぎこちなく笑うクララ、

「もっと気持ちを楽にして」

ようやくいつもの笑顔が戻ってきた。

「そうそう、その笑顔だよ!クララに泣き顔は似合わない。そうでしょ?」

「うん、ありがとうヴァネッサ!」



「コレルハウト帝国を撃破し大陸に安寧をもたらすよう希望する!

 では出発せよ!」

国王・ゲルハウト・ツェルナーの号令により派遣軍は動き出したのだった!





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