強大な新たな敵⑥敗北した帝国軍と戦後

「俺は帝国軍第7軍団長だ!お前の様な小娘にやられねぇぞ!」


目の前にいる大きな体格の軍団長をキッと見つめ、じりじりを間を詰めるリナ


カン

キン


ガン

キン


ドサッ・・・「うっ!」「司令官殿!」「来るな!こいつは私が殺る!」


カンカン、キンキンカンカンキン。

剣を打ち合う二人。


一瞬


スパッ・・・

「あっ」

リナが横に払った剣が軍団長の脇腹を深々と切り裂いた

ぐわっ・・・


死にものぐるいで剣を振るう軍団長は、正気ではなかった。

「くそくそくそ・・・・・なぜ俺が・・・」


さらにもう一度、

左肩を斬り、返す剣で背中を斜めに斬る。


ぐっ・・・


動きの止まった男に、正面から袈裟懸けに斬って捨てた・・・


「軍団長が!!」

その男の首を落とし、従兵の槍の穂先に括り付けると

派遣軍とアバンツオ王国軍ともども、その士気はいやがうえにも盛り上がる。


時を同じくして、

西側の丘陵を駆け下りてきたデレンマレーノ王国派遣軍が混乱の極致にある

帝国軍陣地を蹂躙する。

「いままでお前らの横暴さにはいい加減、腹が立つ!

 ここで俺たちの思いを受け止めるのだ!帝国軍に死を!!」「おー!」


父祖伝来の土地を帝国軍に奪われたデレンマレーノ王国軍の怒りは

猛攻となって帝国軍を圧倒していく・・・「ここはお前らの死に場所だ!」


西側と背後からはデレンマレーノ王国軍。

正面からはリナ率いるアバンツオ王国軍第1軍が攻め寄せる。


東の森に逃げようとする帝国軍を、こんどは遠路駆けつけてきたクロエ率いる

第2軍が逃亡を図る帝国軍を待ち伏せし・・・


「ここから先は通さん!」


激しい白兵戦がそこかしこで展開されている。

帝国軍は戦死者続出。

それでも戦場から脱出しようとするものが少数いるのだが・・・


アメル率いる部隊がそれを阻止していた。

突破を図ろうとする帝国軍の残存兵。


「くそ!ここもだめだ!」

「もうここで終わりだ・・・」


あちらこちらで捕虜になる帝国軍兵士。


夜明けから始まったグラモント砦の戦いも最終局面。

「もはや帝国軍は軍隊の体をなしていません。

 今現在、100名ほどの捕虜を残して、帝国軍を制圧しました!」

アメルが自らの部隊に捕虜たちを連行してきた。


そこへ

「司令官殿!

 私どもデレンマレーノ王国派遣軍も同じく150人の捕虜を確保しております。

 捕虜の扱いは貴軍に任せますが、よろしいですか?」

「構いません。私たちで対応いたします。

 それにしても派遣軍の鮮やかな攻撃により、驕る帝国軍を殲滅することが

 できました。心から感謝申し上げます!」

「いやいや、貴軍と我々は同盟軍ですぞ!今後もお役に立つことがあれば

 いちばんに駆けつける所存!これからもよろしく頼みます!」



西の砦を攻撃していたミチルとシャーロットの部隊も。

「いやぁ、キツかったっすねぇ」

「だね。いままでで一番きつい一日だったよねぇ」

「それな。まぁでもここも奪い返したんだし、良かったんじゃね?」

「だねぇ・・・あ!あそこ見て!」


グラモント砦の中央にある広場にアバンツオ王国軍の軍旗が翻るのが見えた。

「もしかすると、ウチら勝ったってこと?」

「そうだなぁ。よかったよかった!帝国軍に勝ったんだね!」

抱き合って喜ぶミチルとシャーロット。

その鎧は敵兵の返り血で汚れてはいるものの、二人は笑顔で抱き合っていた。



グラモント砦の戦いに勝利したアバンツオ王国軍が王都へ帰還した。

通り沿いには大勢の市民が、その姿を見ようと今か今かと待っていた。


やがて歓声と共にリナ率いる第1軍の将兵が王都へ入場してきた。


「おつかれさま!」

「ご苦労様でした」

「ありがとうございます!王国軍万歳!」

大きな歓声に迎えられ、王宮前に到着すると、そのバルコニーに

マルティーヌ・シャリエ女王が立ってい、手を振って迎えている顔は笑顔だ。


「リナ・マツモト以下、第1軍の将兵諸君。

 困難な任務にも関わらず、よく頑張ってくれた!国王として国民を代表して

 礼を言う。本当にありがとう!そしておつかれさま!」


翌日、

王宮主催の戦勝記念会が王宮前広場で行われた。

リナ・マツモト以下第1軍全将兵が出席し、市民たちからの祝福を受けていた。


しかしながら激戦のさなか、

落命した兵士も多かったことを考えると、シャリエ女王の心は重かった。

(私の下した命令で命を落とした人たちに、なんと詫びればいいのか・・・)

「元帥殿、今回の戦闘でわが軍は勝利を収めました。

 しかし多数の兵士が戦死しています。家族に何と詫びればよいのだろうか?」


女王の顧問であり良き相談相手であるフィッシャー元帥は

「女王さまはお心が優しい。戦死した将兵はみな、女王さまや国のための犠牲だと

 感じているでしょう。その家族も同様です。栄誉ある戦死ですし家族はもう

 わかっています。大丈夫です。女王さまを恨むことはありません」

「そうだろうか?愛する家族が死んで良かったと思う人間はおるまい」

「国の為に亡くなったのです。かえって良かったと思うでしょう。

 されば女王さま自ら戦死した将兵へ哀悼の誠をささげてはどうでしょうか?」

「どのように?」

「例えば、この国には戦没者のための墓地がありません。

 その戦没者墓地を早急に作ること。それが戦死戦没者への供養になるでしょう」

「なるほど。戦没者用の墓地ということだな。ではマレにそれを作らせるように

 指示してくれるか元帥?」

「はっ!畏まりましてございます」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そのころコレルハウト帝国皇帝カディエ2世は激怒していた!


「最初に差し向けた第7軍も後から追加した第5軍も併せて殲滅された?

 お前たちは無能すぎる!第3軍まで助勢させようとしたが・・・」

「陛下!誠に申し訳ありませぬ。この場で腹を切ってお詫びします!

「勝手にするがよい!この場で死のうが戦場で死のうが死ぬことに変わらん!

 さあ、早く死ね!」


綺羅星の如く立ち並ぶ将星のなかに

皇帝カディエ2世に詫びる人物こそ、

帝国の良心と言われたトルステン・クエンツ将軍である。

「さあ、早く腹を斬れ!」

見つめる将軍たちは、いたわしい思いで見つめている・・・


ぐぬぬぬぬぬぬぬ・・・・

「陛下!私は責任を負って死ぬのは先刻承知ではありますが、

 あまりに惨いその言いよう。見損ないましたぞ!あなたは皇帝の器ではない!」

「何を言うか!その方こそ軍司令官のそれではなかろう。

 おい!この男を地下牢へ連れていけ!」

クエンツ将軍は衛兵に担がれてその場から地下牢へ連行されていった。


「おい!お前たち。私に反抗するものは、あのようになるのだ!覚えておけ!」



「貴公はこの先、この国はどうなると思うか?」

「いい方向へは進まない気がするのだが・・・シーッ」

問われた男は口に指をあて”静かに”とゼスチャーで知らせる、近くに皇帝側近の

家臣がいるからだ・・・グラモント砦の戦いのあとからというもの

皇帝をあからさまに批判する人物はいなくなった。

周りをイエスマンだけで固める皇帝カディエ2世に、忠告するものはなくなったし

それを言う雰囲気もなくなったのだ。

かつでは自由闊達な気風で知られた王宮。

でもそれは前皇帝までの話、いまのカディエ2世は権力欲だけは強いが

無能が服を着て歩いているような存在だ。

皇帝に即位してからと言うもの、軍事力を背景に周辺諸国への侵略戦争を

次々に仕掛け、徐々に領土を広げていったが、

それがゆえに周辺の国々からは、侵略者のレッテルが貼られるようになった。


「おい!あの男はどうしている?」

彼なりに自分の部下がどうしているか気にはなるようだ。

「いまも地下牢におりますが?」

「連れてこい!」

「何故です?」

「いいから連れてこい!」

「承知しました」


痩せこけた髭ぼうぼうの男が連れてこられた。彼こそがクエンツ将軍だ。


「この俺に言うことはないか?」

「どういうことでしょう?」

「言うことはないのかって聞いてんだよ!」

「言いたいことは山ほどあります。一晩かかっても言い尽くせないでしょう。

 あなたのしてきたことは、このコレルハウト帝国そのものを滅亡に導く

 それ以外にありません。国の民はやせ細り、今日食べるものもなく、

 それなのにあなた方は豪華な食事を毎食とり、贅沢の限りを尽くしている

 アバンツオ王国の国王をごらんなさい。あの方は常に国民と同じ目線で

 毎日生活をされています。だからこそ国民全員に尊敬を受けているのです。

 今この国の民はあなたを蔑んでいます。なせだかお分かりですよね?」

「・・・」

「あなたは皇帝として尊敬されない人物なのです。即刻、退位されるがよろしい」

「言ったな?それを言ったということは覚悟はできているんだな?」

「もとよりそのつもりですが?」

「おい!こいつを斬れ!」

たじろぐ重臣たち・・・

「俺が言ったこと。解らねぇのか?こいつを斬れって言ったよな?」

短剣を振り回し、家臣たちの前を野良犬のようにうろつく皇帝カディエ2世。


(ほんとに皇帝なのか?)

(街の不良と変わらん)

(お父上は偉大な方だったのに)

(この国も終わった・・・)


「解った。やらねえんだな?よぉーし、この俺がやってやる」


「お止めください!クエンツ殿のことはこの私に免じて・・・」

「あ?お前がか?笑わせんなよ!最下級貴族のてめえに何ができるんだ?え?」

ヴァネッサ・トンプソン。長身の彼女から見ると皇帝はチンチクリンである。

彼女はこの国では下級貴族だが、その美貌と帝室士官学校を全学年首位で卒業し、

卒業後は帝国軍初の女性軍団長としてその才能を発揮している才女である。

だがこの皇帝カディエ2世には、その類まれな能力を持つ女性が国の枢要な地位に

いることが気に入らないのだ。

「よしなさいヴァネッサ、この人には何を言ってもダメだ。私はここで死ぬのだ」

「ダメです!クエンツ将軍!あなたはこの国にいなくてはならないのです!

 私を常に気にかけてくださった、あなたがいたからこそ私はここまで・・・」

あとは涙で声にならなかったのだが。


皇帝にはそんなことは関係ないようだ。

「こんなところでお芝居か?ならお前ら二人とも斬り捨ててやる!」


「お前からだ!ヴァネッサ!死ね!」

短剣でヴァネッサを突こうとした瞬間に、クエンツ将軍が間に割って入って・・・


スパッ!

シュワァァァァァァァァァ


クエンツ将軍の首筋からシャワーのように噴き出す真っ赤な血。


「将軍!」

「クエンツ殿!」

「陛下!これはあまりに・・・」


うううううう・・・・クエンツ将軍を抱き起すヴァネッサ。

「将軍!クエンツ将軍!ううううぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー」


「ヴァネッサ、キミは軍団を率いる身。皇帝を、帝国をたの・・・・む・・・・」


ガクッ

クエンツ将軍はヴァネッサのひざで息絶えた。


「陛下!このクエンツ殿はこの国にいなくてはならない方。それを・・」

「あなたさまへの忠告でもありましたが、それを無視するとは」



「うるさい!黙れ黙れ!!こいつは俺を、皇帝を愚弄した罪人だ!死刑は当然!」

クエンツ将軍の亡骸は、一般の公園墓地に市民と共に埋葬された・・・



その後

皇帝カディエ2世に仕えていた重臣たちが一人、また一人と去っていった。

帝国軍でも将校格の軍人が徐々に去っていく。


「ヴァネッサ、キミはどうする?」

「私も帝国軍を去ることにする。もはや居場所はない」

「そうか・・・クエンツ将軍が殺されたことは、この国の黒歴史だからなぁ」

「あの皇帝の下で軍人として働く意味がない。そうは思わないかクララ?」

士官学校同期で一番仲の良かったクララ・フォン・ベルガー大佐も

「わたしもあなたと同じよ。でも辞めてどうするつもり?」

「私はデレンマレーノへ行く。かの国から最近誘われているのだ」

「そう。わたしも行ければと思うけど・・・しばらくは母親の店を手伝うの」

「そうか、ではしばらく会えないが元気でやれよ」

「あなたもねヴァネッサ」


ヴァネッサ・トンプソン大佐はその日のうちに

帝国軍の軍服を脱ぎ捨て、身の回りのものだけを持って帝国を去った。






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