危ない。また皿割るところだった、
突然背後の廊下側から聞こえた声に肩が跳ね、動けないでいるとすぐそれが近くなったのが判った。
「…足首。それ、どうしたの」
起きたばかりなのか、ぞぞぞ、と背筋を這う低音と首に触れる柔らかい髪。背を屈めた善は当たり前のように私の肩に顎を乗せてそう囁いた。
足音がしなかった!?
育ちの良さか!?
って、
「酒くさぁ!!?」
思わず叫んだ。洗い物中でなかったら咄嗟に鼻を摘んだだろう。匂いだけで酔いそうになる強い香り。
「心未ちゃん 指も」
構わず感じるからに気怠げな善はそう呟くと、そのまま回した腕で私の手を取り、ぱく、と咥えた。
「ギャァ!?」
「……間違えた」
縦に飛び上がり振り返った私に対し、驚いた表情の後えへ、と薄ら笑みを浮かべている。
間違えたって言った……?
なにと…?
まさか、
「女ともだちと間違えたって言ったんか…?」
「え」
気丈にいつもの笑みを浮かべ続けているが、その回らない頭じゃもう遅い。綺麗な顔なら何もかも微笑みで許されると思うな?
「何の事、心未ちゃ」
「この…性に爛れたアラサーが…」
わなわなと震える両方の拳。側でナズナが「心未! 今 若 完全な若じゃないから! 半分しか戻ってないから!」などと訳の分からないことを言い「余計な事言うな」と芹に殴られている。
「あぁっ朝飯食べます!? 二日酔い用の飯作りますよ!」
「ぅん」
急に喋り倒すナズナに、そっちの方へと身体を向ける善。
確かに自分でも水に晒していたからか気付かなかった、さっき一度皿を落とした時か指先は微かに割れている。が、それどころじゃない。二日酔い用の飯って何だよ。
「あー悪いけど後で持ってきてくれる? 物音確認しに来ただけだから二度寝する」
顔に掛かる髪を掬い上げて、ナズナに言う横顔。
「はい、勿論…薬も持って行きます」
「ありがと」
半分いつもの善だというなら残りの半分は何の善なのか。やっぱりまだ気怠そうにナズナに微笑む善は一度だけあたしの方へ僅かに振り返り「心未ちゃんもゆっくりしてって」と口にしてお勝手を後にした。
「……くそ」
二日酔い用の飯とやらの支度に取り掛かるナズナを背に、小さく呟き顔を上げた。
「今の聞いた? 私史上一番女らしい格好より、こんな、たった足首の怪我の事を言ってきた」
本人ですら痛みも感じない程度の傷も見つけて。
滲んでいた筈の血が圧迫されて止まるほど握りしめた拳が解けないのはその所為か。
聞きたかった声が聞けて、その声が、髪が、首に触れて、取られた手首を持つ指先は冷たくて。
一瞬で全ての意識が持っていかれる。
あーあ…。
むかつく。
むかつくのに、
そういう所が、
好きで堪らない。
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