それにさっき、冷蔵庫開けた時も思ったけど今日の善くん、何か…


「何か知っている事があったら教えてほしいなって」


緩く念押しされた言葉に、動揺の中、心未の『善の為にも』という台詞が思い返される。


私は心未も善くんも大事だ。心未も善くんが、善くんも心未が大事だと思う。

けど、心未の善くんに対するそれは私のものとは違くて。


何が正解かはわからないけど、それで心未が今怖いと思うような事を必死で頑張っているのは確かで。

本当は聞いてほしい、けど。


心未も我慢している気がするけど。

でも、それでも私の口からは言えない。



「知らない? キリティー」


「…ぅん」


目を見たらバレてしまいそうで、俯いたまま小さく頷くと、善くんは「そうよね」といつも通りの柔らかい声を落とした。


ごめんなさい、善くん…。



「心未ちゃん、この前あのプリン見て『桐が好きそう』って言ってたけど、やっぱりあれにしたのね」



「…あのプリン?」



「あれ、その日の朝作ってるんだって。消費期限当日だったでしょ。確か日曜日は10時開店だったから——開店と同時に並んで買って来たのね」


善くんは途中で腕時計に目を遣って、私もそれを追った。時計盤は光の反射で見えなかったけど、見えたとしても今の頭には入って来なかったと思う。


買って『来た』と、強調したような言い方だった。



「……」


雨が降ったように青暗くなる私を見て知愛くんが「善」と呼んだけど善くんは私を見つめたまま「責めてないわ。キリティーは心未ちゃんを庇っているだけだもんね、嘘だとも思わない」と口角を上げた。


「で、さっき此処に来たあの子、隣には一人で居るの?」



何で。


気が付かない内に自分が口を滑らせたのではないかと疑う程だ、善くんのその台詞は。


「…インターホン押して待っている間、誰も居ない筈の隣から人の気配がしたから気の所為か誰か越してくるのかと思ったけど、まー知愛くんの事を考えたら隣を誰かに空け渡す気はないかなって。

そこまでは何となくの考えと前提で気の所為って事にしたけど嘘が吐けないかわいいキリティーがアタシに言えないような何か、隠し事をしているっぽい。

滅多にそんな事ないのに、隠すような事って何かしら。

ここでもう察しはつくわね。で、冷蔵庫のプリンで心未ちゃんが今日此処に来た事って判ったけどそれをアタシに敢えて言わないって事はそれが答え。


それで今 隣から聞こえた物音。キリティー聞こえた?」



私があまりに呑み込めてない間抜け顔を晒していたからかつらつらと至極解りやすく教えてくれた善くんだけど、眸が笑っていない。


物音は私には聞こえなかった。


何かあったのかと知愛くんを振り返るも、頬杖をついたまま。知愛くんだったら聞こえたかもしれないが欠伸している。



「一昨日の夜から——一晩中——心未ちゃんの部屋、明かり点けっぱなしみたいだったから夜眠れてないんだろうなとは思ってた。だから昨日連絡したけど返ってこなくて」


「単純に寝落ちしてんじゃねーの」


「動く人影を見て連絡したのよ」


「じゃースマホ見てないだけ」


「12時間は返ってきてないわね。あの子目覚まし時計持ってないから目覚ましはスマホよ。起きてから謎のゲームするのルーティンだし必ずスマホは見る」


「え…


待って善くん、」



『心未ちゃんの部屋』?


善くんと仲の良いナズナの家の下の階に住んでいる心未は、善くんには“言ってない、秘密にしている” と言っていた。



「何で知って」



「何でも何も、コイツ」


フッと笑った知愛くんが何かを言い掛けたのを善くんが笑顔で制して、

取り出したスマホを操作。


テレビも点いてないリビングに着信音が鳴り響く。


鳴り続けて、そろそろ切れるのではないかというところで善くんが口を開いた。


「一応訊くけど、鍵は?」



「ねーよ」


個人的に衝撃だった『善くんが心未の住んでいる所を本当は知っていた』という真実を追い越して二つ返事で答えた知愛くん。


「そう」



「え、善く」


立ち上がった善くんはそのまま玄関の方へ向かい出て行った。追いかけようとした私を知愛くんの腕が捕まえて「見に行きたいの。修羅場」と怖いことを笑んで言う。


「修羅場って…だって善くんの様子いつもと違かったし、」


「様子?」


「うん。何か、怒ってるみたいな…。だとしたら尚更心未側につかないと」


もし善くんが心未にどうしてこんな事をしたのか訊いたとしてもきっと心未は答えられない。


「おまえらに対するいつも通り・・・・・、ほぼほぼ笑ってたのにそんなん判んの」


「判るよ。善くん、私には甘いだけだけど心未には恐い時もあるんだよ。

あと天野さんも危ない気がする」


「ハ、それは見てぇわ」





追って玄関を出ようとしたその時、廊下側から物凄い音がして飛び出した。


視線の先には、髪で表情が読み取れない善くんと恐らくその拳が叩き壊したインターホンの哀れな有様。


思わずヒィ、と口端から漏れる。


数秒後、小さな声と共に玄関ドアが開けられて中から天野さんの引いた顔が覗いた。



「ナニゴト」



天野さんの台詞が変換されるより早く、インターホンを潰して側面を怪我したままの善くんの手が、今度は天野さんの整った顔面を掴んだ。



ちがや久しぶり。アタシの妹其処に居ない?」



善くんは笑顔だ。


しかしこれ程までに恐い事はない、長い指の隙間から同じ事を感じたであろう天野さんの縋るような目と目が合う。危ないどころではなかった。



「妹…? 善、妹いたっけ」



顔を掴まれたまま問う天野さんを救おうと、善くんの腕に飛び付く。


びくともしない。


「天野さん、心未は」


必死になって私も訊くと、天野さんは「寝てる…」と涙目で答えた。



「寝てる?」


「ネテル…」


寝ちゃったのか…。


「何かした?」


「何かって」


「いーわ。自分で確かめる」


そこで御尊顔鷲掴みから解放される天野さん。可哀想に、くっきり赤く指の痕がついている。

あれじゃあきっと出歩くのも恥ずかしい。


「自制心の強い…自分を律するのに長けている人間ほどキレると恐いんだよな、俺知ってた」


涙を拭っている。


「知っててちょっかいかけちゃうのが茅だもんね。アタシも知ってた」


「……。でも流石に今の音で起きたかもよ」


「起きないわよ寝不足だし。あの子一度眠るとちょっとやそっとじゃ起きないから」



「…怖いくらいよく知ってんね…」



それに対して善くんは答えなかった。

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