そのままいじいじと手首を擽る指先にギュッと目を閉じると、知愛くんが近付く気配がした。


「あ」


だから、ちゅう..するのかなと思って目を開けないままでいたのだけれど、目前で上げられた声に恐る恐る薄目を開ける。


「忘れてた。


まーいいか。



続き」



「えっ は、い」


忘れてたって何をと思ったものの至近距離の知愛くんに逆らえるわけもなく再び目を閉じようとすると。


ピンポーン


予想されていたかのような明るい音が鳴り響く。


「……」


明らかに苛ついた知愛くんを見知っているかのように、もう一度。


でてきていいですかと問う私にか小さく舌打ちをした彼が先に席を立ち、画面付きのインターホンの前で立ち止まった。追い掛けて覗き込むと一瞬見慣れた人影が映ったようだったけど知愛くんがそれを消し、何やら操作。


「え?」


「消音」


「今誰か来てますよね?」


「気の所為じゃね」


「気のせいなわけあるかー!」


仰々しくツッコんだ勢いで玄関へと走っていき、訪問者それが誰かも確認せずドアを開けたことを、

後悔する羽目になる。



「あ、監禁ご苦労様。アタシの可愛いキリティー」



「…………ぜん、くん」



様子を伺うように覗き込んできた綺麗な眸。


片耳に掛けられた癖も傷みも見ない金髪。


私の顔だけが、真っ青へと落ちた。



「あら、知愛くんからアタシ来るって聞いてなかった?」



『忘れてた』


これか。

全っっっ然、1ミリも『まーいいか』じゃないよ知愛くん。善くんが来るなんて。


心未がすぐ隣に男の人と・・・・いるのに。どうしよう。


「おまえのじゃねーよ」


固まる私をよそに、追い付いた知愛くんが代わってドアを支える。


「どっ、なっ」


何故今? 断れなかった?と振り返ると、「バレなきゃいいんだろ」とあっさり一言。


「バレなきゃいい?」



それ本人の前で言う!!?



「どっどど、どうしたの善くん」


「…知愛くんに借りた煙草、返しに来たの」


善くんの小さな小さな間には、私程度の小物じゃ気付けない。


「っていうのは建前で、監禁されてるキリティーの様子見と心未ちゃんの誕生日の相談をね」



『心未』


狙い撃ちされたワードに、心臓が飛び出そうになった。


そう。確かに7月といったら毎年のメインイベントは心未の誕生日だ。けど、よりによって今!?

今日!? why!?


煙草なぞ貸した知愛くんがいけないのか善くんの勘が鋭いのか最早わからない。



「煙草? そっかそっか、本日はお日柄も良く、ね」


「大丈夫?」


「何が!?」


「……」


ツン、と善くんの纏う空気の色が変わったような気がして背筋に悪寒が走る。


「ち、がうちがう」


一体何が違うのか、知愛くんと善くんに挟まれた私は首を左右に振り、隠し事なんて出来た試しがないのに悟られまいと必死だった。


「確かに今日、天気良いわよね。喉乾いちゃった」


「え」


「喉乾いちゃった」


「あ、うん、そうだよね。どうぞ…」


「端から帰るつもりねーだろ」


「まあね」


お邪魔します、と上がる善くんは手にしていた煙草を知愛くんに手渡した。



「善くん、煙草どうしたの?」


普段吸わないのに。その意味も込めて聞いてみると、善くんは「んー…吸いたくなる時が増えて」と微笑んだ。


吸いたくなる時…?


何故かちょっと恐くなるワードの背景で、知愛くんが「持っとけば」などと返していたが耳に入らなかった。



「何か甘い飲み物あったかな」


甘党の善くん。向かった先、冷蔵庫の中を物色していると後ろから彼も覗き込んだ。


「別に大丈夫よ、知愛くんが忘れてた所為でアポなし訪問だったわけだし——、…」


頭上で言葉が歯切れ悪く途絶えたことが気になり見上げるも、目が合った表情はいつものように優しくて安心した。


「アタシも麦茶もらおーかしら」



やっぱり善くんは、よく見てる。

玄関からキッチンに来るまでの間にダイニングにあった二人分の麦茶を見て、今合わせてくれたのだろう。


再度善くんを迎えて席に着くと、また心未たちがすぐ隣の家に居て、それを知らない善くんが目の前に居て、という緊張が襲ってきた。さっき知愛くんがおかしなことを付け加えたから余計にだ。


「それで…じゃあ、心未の誕生日の打ち合わせを」


「うん」


「嘘くさ。コイツの顔見に来ただろ」


コイツ、と私が指される。


「さっきも言ったけど知愛くんが監禁するからそろそろ助けが必要かなーと思って見に来ただけよ」


「やっぱりな。それ一生要らねーから安心して帰れば」


「やだね」


知愛くんに悪態をついた善くんはいただきます、と一口含んだ麦茶のコップを静かに置き再度口を開いた。


「あとこの前心未ちゃんの様子がいつもと違うように見えたから何か知らないかと思って」


やっぱり。善くんの勘の良さに、思わず息を呑む。

今さりげなく付け加えて言ったけど、現時点までで幾つか今此処に来た理由が述べられた中で私にそれを訊く事がこの場の一番の目的だったのではないかと感じる気配だった。

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