「ちょっ、と まって。いま頭が混乱して」
見事にヨレヨレに仕返されて、何とか震える腕を支えに上体を起こした。私に乗り上げていた善も脚から退き、ベッドの窓際で胡座をかく。
「待つのは構わないけど、アタシも今心未ちゃんを畳み掛けたいから数秒だけなら」
サラ、と夜風に揺れる髪は、何度見ても黒髪だ。艶やかな、黒髪。
「畳み掛け……? いや数秒じゃ整理はむりよ」
「じゃー諦めて。頭ぐちゃぐちゃのままアタシが言う事鵜呑みにして」
そんな、残念そうな表情で言われても。
「アタシ多分、今まで本能レベルで心未ちゃんを外堀から囲えばいざという時が来ても逃さなくて済むって考えてたのね。第一に心未ちゃん、男嫌いだし。アタシの事は好きみたいだけど正直油断してた。家事も全部先回りしてやって、できなくていいようにして、何かあっても一番に相談されるように育てた」
「は……? こわいこわいこわい」
「こわいじゃなくて。別にそれが恋情じゃなくてただのちょっと長い一過性の過保護だとしても」
恋情じゃないんかい。
それじゃ私のとは違うじゃん。
「でも…だめね。
その証拠なのか『男に見えない』ってたった一言言われただけで十数年守ってきたものも躊躇なく変えられるし心未ちゃんが
…心未ちゃんを抱きたいとは思うのに、手が出せない。大切すぎて。悪いけど他の女の子にはない感情が心未ちゃんにはある」
「抱っ……、ひぇ…」
「ひぇって」
本当に、畳み掛けられている。畳み掛けられるって、こんな感じか。
善はふと微笑った。いつも通りの、人を魅了してやまない笑み。
でも口にした事がツッコミどころが多すぎて、何から言ったらいいのかわからない。
まず。まずだよ?
「『アタシの事は好きみたいだけど』って、いった?」
「おー聞き逃さなかった。
言った。だってそうでしょ。違う?」
背景に満ちた月を背負って小首を傾げる善。私は、一生解けない呪文を掛けられたかのように
「ちがわない…」
と呟いていた。
こんな風に告げるつもりじゃなかった。そもそも告げるつもりなんて。なかった、のに。
強制的に。
「ごめん一気に云って。でもそうしてでも心未ちゃんにはアタシの事だけを考えてほしいし好きでいてほしいし、見ていてほしいの。アタシ、狡い大人だからどうやったら心未ちゃんを繋ぎ止めておけるのか、これしか方法がわからない」
「…酔ってるの?」
「酔ってない。酔ってたらこんな事云わない。いつも通り、適当に嘘でも吐いて誤魔化すんじゃない? 一応、さっき飲もうとしたけど飲まなかった」
「そっ、か? ごめん。善、私の事好きなの?」
目の前にいる知らない人みたいになってしまった美人はあまりに現実離れしていて。
どういう心境の変化があったのかわからなくて、正直今のこの状況を受け入れきれない…けど、
「……もし心未ちゃんがアタシを諦める方向に気持ちが行ってるなら、もう一度、こっち向かせたいなー…とは思ってる」
善の気持ちにも困惑があるのか、口元を覆う長い指の隙間から嘘ではなさそうな甘い言葉が聞こえた。
本当だ。確かに、ずるい。
全部解ってるんだ?
そうだよ、私、まだ善を好きな気持ちは一滴も減らないけど、善を諦めようとしてる。
色んな言い訳を貼り付けて、ついこの前やっと、善に女の子として見てもらいたいという気持ちは封印しよう、昔馴染みとして素を見られるだけで充分だと決着づいたと思っていたのに。
そうしたらそんな甘いこと言い出すんだもんな。多分、私の考えも解ってて。
お願いだから甘やかさないでほしい。
「そうやって泳がせて…」
「ね。つけ込んでるよね。 自覚ある」
「キッ…きすも、初めてじゃないって…ドウイウコト」
「あー…それは」
少し、言い淀んで。ちら、と私を見た。何だろう。
さっきは髪よりキスの件ツッコめば的な事言っていたのに。
「その前にもう一回させてくれる?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます