目が開けられない。


すると数秒間の沈黙が設けられる。


何となく、私が観念して瞼を押し上げるのを待ってやった・・・・・・数秒間の可能性を感じてまたしても目を開けるタイミングを逃してしまった。



「……」


コワイ。



え、何でこわい?


やって来てくれた善を、ばぁ!って驚かせて今までの感謝を述べるような——ハッピーイベントを計画してた。


そこにこわいなんて感情は一切予想されてなかった。



目に見えない疑問符が浮かぶ中、次に耳に入ってきたのはベッドが軋む音だった。



最終的に私は、月明かりの差し込む窓に背を向ける横向きの体勢を取って硬直していた。その後、今だって微動だにしていない。


なのにベッドは軋んで、人の気配が近くなったということは…



「——んぅっ!?」


その疑問は待たれず、片手で鷲掴みにされた両頬は無理矢理仰向けに向かされ同時に唇が塞がれた。


あれだけ頑なに瞑っていた目も簡単に見開かれる。



「ぇあ……っ? ぜ、ん」


一瞬の間に名前を呼ぶも、薄く開いた美しい眸と目が合っただけ。再び唇は触れて、私の頬を摘んでいた筈の片手はいつの間にか後頭部にかけて回されている。

優しく、長かった髪も何度も撫でられたことのある手だ。知らないわけがない。


混乱して空いていた右手で覆い被さった善の胸を押すも、びくともしなかった。左手はもう片方の手に取られてしまっていて抜け出せない。


柔らかく、いつもたくさんの嘘を吐く唇。


酒が入ってても簡単に組み敷けるって確かに言われて、でも今はお酒の匂いなんてしなくて、ってことは善は素面……? で、


「待っ……ふ、ぅ」


始め齧り付かれるような感覚を覚えた口づけは一度だけで、今、は、



ちゅぅ、と耳を塞ぎたくなるような音を立てて硬く弾き結んだ私の下唇を喰んだ。



「…なぁに、心未ちゃん。息継ぎ上手じょーずにできてえらいわね。

でもアタシ、言ったわよね」



「へ……」


だめだ、今、何が起きたんだ。たった数秒だけで手どころか足も腰も力が入らない。何とか息をして、言われた言葉を理解しようと善を見上げる。



「……。って、は!!?!?」


そんな恍惚も吹き飛ぶ何より衝撃の光景に、勢いよく上体を起こした。



「ぜっ、か、髪……っ!?


ィヤアアアアアアアア「しー…」



発狂し始めた私の口を堪らずといった速度の手のひらで押さえた善。そのまま再度仰向け体勢に戻る。


「フガフガフガッ」


「わかったわかった。今アタシの髪それよりショック受ける事起きたわよね?」



「っ善の金髪が……ぁぁ……!?くっ、黒髪に、それに、髪も短……く」



信じられない。


信じたくない。

泣きたい。


善の、私の大好きな金髪が、金髪じゃなくなっている。


月光に照らされて輝くより、背後の闇に溶けてしまっている。


ギリギリ結べるくらいだった髪の長さももうきっと結べない長さに切られてしまっていた。

いやだ。


いやだいやだ。


「何でっ…」


「あー…もう。そんなべそかくこと? いいじゃない。

似合ってない?」


「似」


合って、ない、と咄嗟に言ってしまいそうになって、気付いた。

この間自分が善に『似合わない』と言われて酷くショックを受けたばかりだ。それなのに、そんな口任せに言ったらいけない。


「合ってないわけじゃ、ない…けど」


格好良い、けど。



私はそのままの、出逢った頃のままの善の髪が好きだった。

そのままでいてほしかったのに。



「心未ちゃんが男に見えないとか言うから切って染めた。

上手く色入れてもらえて良かったわ」



「ぇ、……私、のせいで」



「…そー。心未ちゃんのせい。責任取って、アタシのものになってくれない?」



「えっ?」


「アタシだけの女の子になって」



押し倒されて、私は世界一好きな相手に、一体何を言われているのだろう。



見上げるは宇宙だ。



だって今日はただ——“ただ”ってこともないけど——恐らくずっと支えてくれていたのが善だっておもって、びっくりさせようとして、それからそれから今までの感謝を伝えようと。


なのに、キス、されて?



善だけの女の子になるってどういうこと?



って、待って待って、キ……?



「勝手にキスしてごめんね。でも心未ちゃんが寝たふりなんてするから。


あと先に云うけど初めてじゃないから安心して、

何度もしてる」




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