Thursday ➂
————————…
23:47。
枕の横、顔のすぐ左側に置いたスマホが点灯して時刻を示し、また消える。
私はお腹に掛けたタオルケットを少し上に引き上げ、窓の方へ寝返りをうった。
もうベッドに横になってから数え切れないくらいそれを繰り返している。
見上げた月はさっき見た時よりかは高い所へ行ってしまった気がするけど、それでもこんなに眩しい。
やっぱりカーテン閉めようかな。でも完全に真っ暗になるのは……
『 木曜日、驚かせてみようかなって 』
天野に吐き出した計画実行の日が来た。吐き出してから あぁ、誰かに肯定も否定もなくただ聞いてほしかったのかと気付いたそれは今日までずっと思い出す度に鼓動を速くした。
そうして今日を迎えて、そんな心臓のままいつも通りに働いて、残業して、帰って来た。
コンビニにも寄って、余計なことは考えないように。いつも通り身の丈に合わないお酒も買って。
ただ、そのお酒は全然進まなくて、何ならいつもは半ば無理矢理流し込む時間をちょっとだけ家の片付けに回してしまった。
常にTO DOリストの一番後ろに並ばせる片付けだ。普段は帰って来たら取り敢えず手洗いうがい、座ったら動きたくなくなるからそのままの流れで服を脱ぎ、お風呂に入るようにしている。それからご飯…というか、木曜日はお酒。ここからの記憶は曖昧だ。
そうして朝を迎える内、“誰か”の存在に気付いていった。
だから酷く汚い状態も寝返り以上に数え切れないほど見られているのはわかっている。今更ちょこっと片付けたところで。
…でも。
でもでも、でもさ。
私、困ったことに善のことが好きなんだよ。
だから
って耳元で「今更」と囁き続けるもう一人の自分に汗をかきながら、畳むのを後回しに、昨日から部屋干ししっぱなしだった洗濯物を片付けるなどしてしまった。緊張でハイになっているのか今日の眠気はどこかへおでかけ中だ。
……、待てよ?
上がり過ぎて気付かなかったけど、いつもなら帰って来た時点で一度、辺り一面がピカピカになっている。
その中で眠りについて、朝起きると更に前日着て最終的には脱ぎ棄てた気がする服が洗濯機に入っていたり片付けられていたり畳まれていたり。朝ご飯やお弁当が用意されていたりと手が加えられていて、つまりは朝家を出てから帰ってくるまでに一度、木曜日は眠ってから起きるまでにもう一度、計二度、この家に入っているわけで…。
しかしここ最近は、眠ってから起きるまでの間でその全てがなされていることが多かった。
この前もそうだ。
忙しい……の、かな、善。
いや、善って決まったわけじゃない。この目でこの家に居る善を見たことなんて一度もない、けれど。
ベッドに入ってから、何度もスマホに時間を教えてもらって、そろそろかなと覚悟してから1時間くらいは経って、そんな小さな心配に心が揺れた頃。
暗闇に包まれた玄関の方から、聞き逃してしまいそうなほど僅かな物音がした。
——来た。
息を呑むと同時にそれが自分の与り知らない鍵の開閉音だと察してきつく両目を瞑る。
足音に耳を澄ましたいのに、心臓の音が煩いからか聞こえない。
心臓の音が煩くて、きつく瞑った瞼が震える。どうしよう。寝たふりを、しなければならないのに。
……私。
すっかり迷いなく毎日疲れて寝に帰ってくるばかりの自分の身体も、心も支えてくれている誰かが善で間違いないと信じきっていたけど、もし、
善じゃなかったら?
文未でもない、知らない誰かだったら?
ここにきてゾッとする想像が駆け抜けた。
恐ろしくなって震えを手の平の中に閉じ込めたタイミングで、狙ったかのように嗅いだことのある香りが香って。
ああ、
…大丈夫、
間違いない。
疑いも恐怖も心配も、ぜんぶ確信に変わる。
その頭の中では先週土曜日、足音なく近付いた善が思い出されていた。
足音が聞こえないのは心臓の音が煩いからだけじゃない。
目で見なくてもこんなに。香りでも音でも、それが誰かを記憶が確信に変える。
「ここみ」
どこで驚かせようか、そういえばそれを考えていなかったと距離感も掴めずにいると善が先に口を開いた。
びく、と肩を揺らしそうになったのを堪えて、まさかバレたわけじゃないよねと半分言い聞かせる。万が一今この瞬間にも瞼が震えていたとしても、そこまでは見えない暗さだ。
それにしても、
心未?
善に、呼び捨てにされたのなんていつぶりだろう。
声を聞いたところで一層堅くなった確信。ただ、どうして。
囁かれた自分の名も疑問だけど……善の、今の声色。
怒っている気がした、なんて。
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