誰か知らないけど隠すなら徹底的にやれよ

第1話 誰か

朝からまだ週の半分もあると憂鬱な水曜日と華金に浮足立つ金曜日の間に存在する木曜日。此奴が厄介で。


ちら、と視界の端に在るPC画面上の時刻を確認。

入社後間も無くないならないで不便に感じたその日に駅中の適当な雑貨屋の店頭に売れ残っていて買った腕時計で二重に確認すると、やはり針等も22時45分に差し掛かろうとしていた。


はぁでもふぅでもある鼻息が零れたらPCをシャットダウン、自分の他に居残りがいるのかいないのかも定かでない、広い社内で席を立つ。


「お疲れさまです」



「っ、…お疲れさまです」



オフィス出口に向かう途中、突然掛けられた声に躓く。驚いたというより、音声で判断した性別による反射的な嫌悪感からだった。


男は少し不思議そうな表情を浮かべ、小さく会釈の後仕事に戻って私は足早に会社を出た。





いつの間に雨が降ったのか、街灯に照らされそれを知らせるコンクリートをぼーっと見下ろしながら、低いヒールですら脱ぎたくなるのを堪えて古いアパートの一室に辿り着いた。



毎日、殆ど変わり映えのない。生活を繰り返した月曜日から今日・木曜日まで。掃除しようしなきゃを繰り返し後回しにした土日の分、という事は少なくとも一週間分の散らかりを積もらせたこの可哀想な家に————


だった筈、だが、立ち尽くした玄関から見た我が家は

何故か綺麗に片付けられていた。


今朝、家を出た時の光景とまるで違う。


勿論私がやったわけではない。


足元に視線を落とせば、雨の足跡。



この摩訶不思議な現象は既に経験済みだった。



肩から下に重くのしかかっている疲労はそれに対して驚いたりゾッとしたりするHPを残してくれてはおらず、やっと窮屈な靴から解放された脚はフラフラと、その割には真っ直ぐに布団の前まで向かった。

既に疲労と共に肩からずり落ちていた鞄を一切屈む事なく置き棄てると同時に目の前に—これらの行動から明らかに私がやったとは思えない—角を揃えてきちっと折り畳まれたパジャマを目を凝らしつつ摘み上げる。


無論畳んだ記憶はない。



街灯か月明かりかの柔い光のみが指す暗いままの六月の湿度の高い部屋で、パジャマの柄こそ見てとれないが輝いて見える。



もそもそと服を脱ぎ終えたか終えないか、着終えたか終えないかの狭間で、猛烈な眠気に襲われた身体が宙に浮き、今の私には耳に心地良い倒れ込む音が無音を裂く。



それは、だいきらいな木曜日の夜の悪夢へと誘う音。

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