「ぇ」



「だからまぁ、その人の話はいつか、ぶっちゃけ心未ちゃんのお父さんも生きていたら…訊いて、話せたらなーとは思ってて。

でも今回会ってくるのはまた別の理由。あ、ちなみに心未ちゃんのお父さんはご健在って情報ね」


言葉が出ない私を解って、淡々と話を続けた善の腹の内がもうよくわからなくなってきた。

こんなの、混乱する。


「別の理由? は、なに…」


片手で額を押さえた。



「心未ちゃん、本当にわからない?」


「わかるわけな——、ッ!」


勢い任せに顔を上げたら、至近距離に未だ、ちっとも慣れない、至極心臓に悪い魅惑の眸が迫っていて、

そのまま、唇が塞がれた。


「んん……っ」



「…可愛い声」


今度は押さえつけられていなかったから、すぐ顔を逸らしたら逃れられた。

それでも震える肩。まるで毒を廻されたように。



「善…! 今真剣な話してるよね!?」



「うん。でもほら、心未ちゃん、わからないみたいだし」


「余計わからなくなるわ!!」



「好きな子の親にわざわざ会って云いたい事なんて世間一般、大抵は一つじゃない?」



「ま…まってぇ…ちょ、たんま」


善に世間も一般もあるのか。どこか浮世離れしていて信じられない、し、

凄いな…。こんな上手に気持ち良いキスしておいて、その後フツーに会話続けられるんだもんな。自動的に経験値の差を見せつけられている気がする…。

一方でたんまなんて久々に言っちゃった。小学生の頃のドッヂボール以来じゃないか?


もう一切前後の空気を配慮する余裕も抜け半目になっていると、まだまだ甘やかして来そうな善は私の耳元から跳ねていたらしい髪を、耳に掛け直してくれた。



「『娘さんを僕にください』ね」




「…………なんだ幻聴か」



「あ、やっぱだめ? 先に親御さんに許可取っちゃ」


そういう問題ではない。そういう問題以前の問題である。そもそも問題が多すぎるし何処に世界一嫌っている男親に本人の許可なく娘をくれなどと抜かす狂った恋人がいる?


その前に善と私は恋人でも何でもない。他人。強いていうなら昔馴染み。私から見て厳密にいうなら、“幼い頃家出した先で保護してくれた、でっかい家の女の子が大好きな美人なオネエちゃん”だ。



「先に心未ちゃんに許可取ったら良い?



心未ちゃんを、僕にください」




「なっ……!」


目と口が一斉に丸ぅく開く。そして塞がらない。冗談にしては心臓にと性質が悪すぎる。


そんな、夢に見るような台詞……



善は柔らかくも真剣な眼差しで私を見つめたけど、私、は。


「信じられない」


この言葉通りだ。



「信じなくていーよ。ただ『はい』って返事してくれたら」


「は……? なめてんの」


「ううん、交換条件。心未ちゃんがそれに一言『はい』って言ってくれたら、一生アタシが護るよって話」



何から?


善は私をどうしたいのだろう。



これに護ってもらいたいなんて思ってないと口答えしようと開きかけた口で、代わりに小さな溜め息を吐いた。



「…そうしたら私は善の、何番目の女の子になるの」




嘘を吐く善。溜息を吐いた私。


私はただ、自分の口からこのひとに好きだと伝えたかった。




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