聞き間違いを疑う言葉。まんまと勢いよく顔を上げた。



「……何て言った?」



「心未ちゃんのお父さんに会ってくる。本当は言わないで行くつもりだったけど バレたら心未ちゃん、次会った時軽く半年くらいは口利いてくれなくなりそうだと思って。それはアタシが耐えられないので」



善の表情は変わらない。私だけが、内股座りの膝の前についた手を震わせた。



「会ってくる、って。そんな。出て行ってからずっと行方知らずなんだよ?」



もし行方を知っていたら。


もし最初の行き先だけでもお母さんに伝えていたなら。私が死に物狂いで足跡を辿ってお母さんの代わりにぶん殴りに行ってた。



「うん。心未ちゃん、お母さん——未旺みおさんには深く追及できなかったでしょ? 傷を抉ると思って」



善は、私のトラウマを知っている。知っていて長い間夜一緒にいてくれてた。でも、深くこの事について話し合った事はない。だから、善がこの件に関して何か一つでも気に掛けているとは微塵も思わなかった。それが急に、突然『会ってくる』?



「ちょっと説明難しいんだけど……アタシもずっと、いつかは会って話したいとは思ってて。丁度一年前の誕生日、心未ちゃんが男嫌い克服したいって言ったでしょ。それ切っ掛けで今まで緩〜く捜してたのを割と本気でこの一年捜してみたのよね。それで見つけた」



「……善、私に隠してること多すぎない?」



「そうかなぁ。それは無意識」



この一年、ずっと捜してた?

一週間と空かず会っていたのに初耳だった。



好きなのに、憎たらしいほどの笑み。



「何で善があいつと会って話したいのよ」


この際気になった事は全部訊いてみようの精神で問うと、一発目から「んー、心未ちゃんに話して解る話じゃないと思うけど」と言われてしまった。

悔しくて、震えた指先を強く握り締めたら肩の力を抜いた善がそっと口を開く。


「初めはアタシの刺青彫ってくれた人が彫る時に『これ・・ついこの前も掘ったんだけど何? 俺の知らない所で流行ってんの?』って言ってたところから。それ憶えてて良かったよ、

未旺さん、心未ちゃん、文未ちゃんの今の名字…“桃実モモザネ”が、居なくなったお父さんの名字そのままだって文未ちゃんから聞いて気になってたんだよね」


私が再度俯きかけたからきっと話してくれた善だったが、やっぱりその予想通り、難しくて眉間に皺を寄せてしまった。



「心未ちゃん。怒らないでね」


それを見て何故か柔らかく微笑んだ善が、着ていたTシャツを脱いだ。



驚き飛び退いて寝具から転げ落ちそうになったが、既の所で喰い留まり、その月光に透ける美しい肌と刺青を目の当たりにした。



善は後ろを向いて背中を見せ「ここに彫ってあるの何か解る?」と訊いた。



「虎…」



「虎に隠されてるのがあるでしょ」



改めて見ても、本当に綺麗な背中だ。言われた通りに虎の周囲を見ると、何か…樹? に更に隠れて見覚えのある、何なら親しみ深いものが見えてきた。



「桃……の実……?」



ん、と善は頷いたけど、私は声にしても数秒の間ピンと来なかった。その間に向き直った善は再びTシャツを着て隠してしまう。



「何で桃の実なんか」


「なんかって。…まー…アタシの理由はどうであれ、“桃”の“実”は元々、心未ちゃんのお父さんのものでしょ?」



「…えっ…! まさか、お母さんがあいつにもその刺青があるって言ったの!?」



そんな話、聞いたことない。


そうしたら善は静かに首を横に振った。


「言ってない」



「え…と、じゃあ、その彫り師? の人に訊いたら本当にあいつで、居場所が割れたってこと」


一息吐いたら止まってしまいそうな頭を無理矢理にでも動かして、必死に善に追い付こうと言葉を走らせた。


でも。


善はもう一度首を横に振った。



「んーん。確かにその人に訊けたら良かったんだけど。その後亡くなったの」




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