「ねぇ、心未ちゃん。

何でアタシが言った事聞けないの? わざと?」



「…じゃあ善は、何でずっとその口調なの?」



私の前でだけ徹底されるそれに、1ミリも気付かなかったわけじゃない。



ふとした折に芹や美鮫、ナズナに向く方の善が、本当は素であるかもしれないことくらい、何度も頭の中を過った。


でも、私に見せてくれる善が嘘じゃない可能性だって同じだけあって。


どちらが本当だって良い。私用の善が嘘じゃないなら少し嬉しくて、男に見られたくない善が男として見てしまっている私に傷付けられなければいい。



「…心未ちゃんが怖がらないように、ってそうしてきたけど…そうね、もう必要ないくらい大人になったのね」



やっぱり哀しい、のだろうか。私がお酒を飲めるようになった日みたいに。寂しい、のだろうか。



それは、いやだな。


ああ、だから私、長いこと前に今の質問をできずにいたんだ。



私は一秒でも早く善に追い付きたくて大人になりたかったけど、善はそれを一ミリも望んでいなかった?


私の人生の大部分を占めている善。今もこんなに近くにいるのに。



「わかった。なら改めてもう一度言う。



心未を抱きたいとは思うのに、手が出せない。


大切すぎて。


他の女にはない感情が心未にはある。



ってさっき言ったんだけど、聞いてた?」



「聞、いてた…。聞こえてたけど、」


望んだはずの善のに、心臓は どく、どく、と低く音を鳴らした。 情けない。どうしてこんなに身体が熱くなっていくのが判ってしまうのだろう。



「信じられない? 何番目とかじゃねーの。もしその列が在ったとしてもそこに心未は並ばない。


真面目な話、本気で身体で・・・解らせる事なら出来るかもしれないけど」



淡々と口にする、私の長い記憶の中とは外見も、口調も変わった善は、その変わらない綺麗な眸を伏せて私の、夏だというのに冷たくなった手を取った。



「できることならやりたくない。それやったら心未、列の最後尾に並びそうだから」



「……」


「ここみ?」



善。


いつからそんな、熱を帯びて私の名前を呼ぶようになっていたのだろう。


大事なことを云われているのだと頭では解っているはずなのに、善が私の名前をそうして呼ぶ度、鼓膜から発熱する。



「私…も、嘘吐いたの」



俯いて、私の手を包む善の丁寧に切られた指先の爪を見て、心の中で小さくやっぱり、と。自分の中の知っている善をかき集めて。



「うん?」


「男に見えない、なんて……うそ」



ごめんなさい。


頭を下げた。




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【過保護】な善は急げない 鳴神ハルコ @nalgamihalco

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