「はーやだやだ。善とそういう話しないの」


「しっ…ね〜よ」


うぶなナズナだな。



「…いや、ま…器用ではあるもんな、善さん…」


「はー? 赤い顔して何言ってんの、酔っ払ってんの」


「ってねぇけど。でもマジで女っ気ないっつうか、そういう匂わせ?みたいな事も感じた事ないよ」


何となーく善を庇う素振りに余計恨めしくなる。


「でもやることやってんでしょ」



匂わせない、か。


だからか痕を見つけた時は目を疑うもんな。



「おまえな。善さんが童貞かめっ ちゃくちゃ下手でも文句言うだろ」


「…善がドーテーなわけないじゃん。めっちゃくちゃ下手なわけもない」


「…」

「何よ」


「こう言っちゃあなんだけど、何なら善さん、もう心未と逢った時には既に童貞ではな「うるせぇそれを言うんじゃねぇばかやろお!!」



わかってるさ。



私、悔しいんだ。


自分が目を背けてきたのか善がわざわざ触れさせなかったのか知らないけど、今まで一番ってくらい近くに居たのにまだ知らない善がいて。それを自分より知っている誰かがいて、確実に私じゃないこと。


自分がいつまでも善に置いて行かれていること。


善は私よりずっとずっと先にいて、私を振り返ることもしない。


だって別に、興味がないから。



「はー…難しい。ずっと一緒にいると思ってた。だからかこの気持ちが持っているだけで辛くなるものだと判って、もう諦めよう、諦めたい、諦めなきゃって思うのに、全然、一丁前にやきもちやくんだもんなぁ…。面倒くさい女だよ」


両手で持った缶が軽くなってきて、これじゃ酔い切れないよと顔を上げるとナズナが真顔だった。


「そんなに善さんのこと好きなんだ」


「そーみたい。桐も驚いてた。ってことは取り敢えずは私、わかり難いんだな。よかった」


当人にバレないままこの気持ちを消せるなら本望だ。



このまま、気付かれない内に、多少スッパリ行かなかったとしても最終的には未練なく善をとして支えられたらいい。その時にはこの厄介な男嫌いも克服していて善の面倒がなくなっていたら尚良い。


「さー飲も飲も。冷蔵庫にもっとお酒あるの知ってるから」


「は!?」



まだ胸は痛いままだけど。





—————

————

——…




暑い…。



机についた腕。

腕についた額。


頸から背中に掛けてじくじくと汗が滲む不快感に顔を顰めてすぐ、風が髪を撫でて不快感が飛んで行った。


瞼を押し上げたら、目の前の綺麗な眸と目が合う。




「……ぜん……?」




「ん?」



ん?って。


ぺールグリーンに近い色に、夕陽が沈んでいるような。

善の眸はいつからか私を見つめていた。


一瞬、出逢った頃の、高校生だった善に見えた。


さっきナズナから香った香りの“本物”が目の前に。私が眠っている間にシャワーを借りたのだろうか。


目を擦り顔を上げると何やら肩に薄手のカーディガンが掛けられていて、香りの正体はこれなのか、というかこれの所為で暑いのでは。


「汗で冷えたら夏風邪引いちゃうと思って」


ジッとオフホワイトのそれを見つめていると、訊く前に理由が返ってきた。


「夏風邪はばかしか引かないんでしょ」


「うん?」


「え?」


何だ? これは遠回しにお前は馬鹿だから当然夏風邪引くよな、という笑みか?


苛立ち任せに肩からべりっと剥ぎ取り、目の前に拡げる。



お、女物……。



寝起きから謎の敗北感を味わい、今度はちらっと善を見る。


善はあざとく小首を傾げただけ。

この香りは無料配布でもしているというのか。



「…わたしナズナと飲んでなかった?」


カーディガンを下ろし、現れる目の前にはやっぱりナズナが飲んでいた缶が開いたまま置いてあった。


一応、問い掛けだった、のだが。


返答がなく、不思議に思って視線を感じるままの隣を見た。



「避けてるよね? 連絡」



「…ぁ」


喉が締まる。しまった、と思ったからだ。その弾みで机に掛けていた手を引っ込めようとしたのだが——それを知っていた善は、私の右手の指に自分のそれを絡ませた。


熱い顔。追い討ちを掛けてその感触に心臓が痛む。


善の指は、やさしすぎて。簡単に振り払うこともすり抜けることもできる筈なのに。どうしてだろう、


私にはそのどちらもできない。


どうせなら、強く掴んで逃げられないようにしてくれたら良かったのに。



「何かあった?」



そういう、ところ。


事実連絡を返さなかったのは私だ。返さなかったというか返せなかったのだと云えば聞こえはいいが、男を克服することで善から離れる決心をした後でこのままずるずると連絡を取り合うのはどうなのだろうと思ったら、いつもと変わらない善に返せなくなった。


だから、勝手でむかつくと、そういう感じならもう連絡しない、くらい言われても私が悪いのに、善は


出逢った時から。


変わらない。憶測で人を決めつけたりしない。


だから、


こんな私を見放さないやさしさはあってくれても、好きになることはない。



「何も、ない」


「嘘ね」


「……手



離…して」



「……」


やっぱり目は見れなくて、俯いたままどんどん熱が篭っていく指先を知られたくなくて、願った。



「…離して、ね」



善の指が緩まって、行き場を失くした私の手は、目の前にあったナズナのお酒を掴んだ。


「で何で善が此処にいるのよ、ナズナは何処に行っ——あ!」


口に運ぼうとした瞬間、伸びてきた手に攫われる。


そのまま善が残りのお酒を飲み干してしまって目と口両方がぽかん、と間抜けに開いた。



「じゃー言い方変えるわ。何で・・アタシじゃなくてナズナなの?」

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