「あぁ成程。心未ちゃんと約束してたのね」



こくん、と頷く。


「知愛くんとはさっき別れたんだけど、多分善くんを見つけたから」


キリティーは友だち・・・のアタシを見て知愛くんが戻ってきたと思っているらしい。

それについて知愛くんが何も言及しないからアタシも微笑った。



「ここみ」


今度こそアタシの所為でその場から動こうとしない心未ちゃんが呼び掛けられる。



月曜日以降——心未ちゃんとは平行線を辿る一方だった。


連絡しても当たり障りのない返事しか返って来ない。その他は無い。

それが普通なのかもしれないけど…一年前も同じような事があった。ただ、



『もう、克服したくて』



男嫌いを克服したいと真っ向から言われたのは流石に初めてのことだった。



「あっ」


キリティーが小さく声を上げる。心未ちゃんが踵を返しその場から走り去ったからだ。


「キリティー」


「えっ、うん!?」


「これ菓子折り。この前のプリン、アタシが意地悪言って美味しく食べられなかっただろうから。別のお店のだけど良かったら食べて」



そう言い残して、心未ちゃんを追い掛けた。









「はぁっ、はぁっ」



小さく漏れる吐息が近くなって、ふと笑みが零れそうになるのを堪えて薄い肩を掴む。

「わっ」


後ろに倒れそうになった心未ちゃんを片腕で支えて上から覗き込んだ。



「大丈夫?」



「——っ」


ゼェゼェと息継ぎをしているからか言葉が出ない様子の心未ちゃんの、短くなった髪が簡単に風に触られる。



「…。髪、綺麗だったのにやっぱり勿体無いわね」



「っハ!? ていうか何で善、息切れしてないの…っヒモのくせに! バケモノか!?」


「心未ちゃんは変わらず遅いわね」


「善が速いんでしょ」


「好きなくせに」


「すっ」


折角息切れが落ち着いたのに言葉に躓いて咽せてしまった心未ちゃんの背中を摩りながら言い直す。


「高校の時、心未ちゃんのかけっこの練習に付き合ってたら『善もでて。一等賞とってみせて』って言うから仕方なく出て言われた通り一等賞取ったら心未ちゃん、『善が一番格好良かった』って」


「そんな太古の事、憶えてない」


「太古…? 嘘ね。だって本家うちの心未ちゃんの部屋からアタシが走ってる写真見つけた」


「!? そんなはずない、あの写真は持っ——」



「何?」



「きらい」


俯く心未ちゃん。アタシは黙って心未ちゃんの前にしゃがみ込み、緩く握られた手を取った。


「…ねぇ、嫌いで良いからこの間みたいな事やめてくれない?」



「この間みたいな事?」


「うん。茅——天野から訊いた。男嫌い克服する為に手っ取り早く男と二人きりになったって」


「……」


翳った瞳で見つめられると、「嘘吐き」を返されて目を見開いた。



「善、来たんでしょ。皆何か私に隠してるっぽいとは思ってたけど、今確信に変わった。善が言ったかけっこ…運動会の時。私、男子に負けるのも、組体操で手を繋ぐのも嫌だったし、父兄参加もそんなもの居ないからって善に見られるのが嫌で来ないでって言ったのに。善、早く迎えに着いただけとか言って私がかけっこで負けた男子にも組体操で手を繋いだ男子にも、父兄参加で飛び入り参加して圧勝したじゃん」



「…そうだっけ?」



「そうだよ。障害物競争。走る所は殆ど持ち上げられて浮いてたし、ハードルも抱えられてたし、網も全部善が避けてくれててあれはズルだと子どもながらに思ったけど」


「はは。でもそれ 今回の事と何の関係があるの?」


「善は、自分で思うよりずっと過保護なんだよ。自分の管轄外で私が勝手するなら、何でするのか、誰がいるのか、絶対知ってるしそれが自分で代われることならそうする。だから、“天野から聞いた”なんて嘘」



「なるほど」


心未ちゃんにそう思われていたのは知らなかった。



「否定しないのね」


「…行ってないよ?」


遅い・・。どこでナズナに引き継いだのよ」



「ナズナ?」



ああ。


「すぐ引き継いだよ。アタシも用があったから」



にこ、と微笑むも心未ちゃんは自分の家がばれたのではないかと不安そうだった。




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