第14話 Thursday afternoon
「キリティーごめん」
「何が?」
彼女の訪問から数日後、嫌な事を言われた前提で菓子折りを持って昼休みを狙い、社内からお弁当らしき物を抱えて中庭に出て来たところを突撃。
突撃に驚くキリティーを木陰のベンチに移動させ座らせ、菓子折りを差し出した。
ぽかん、から一体何があったのかと険しく変わる表情が愛おしすぎて、人目も憚らず抱き寄せた。
「へぇっ!?」
「は〜〜癒「ギャッ」
腕の中のキリティーがアタシを庇うように押したと同時にベンチの背凭れに何かが刺さる。
「ナ、ナイフ……!?」
慄くキリティー。
先に、ナイフと同じくらい刺さる視線の方を振り返ると、
「下半身ゆるゆるエセカマ野郎が」
チッ、とナイフがアタシに命中しなかった事に舌打ちするスーツ姿の知愛くんが向かってきた。
背景にたくさんの女の子たちの視線を背負っていて煩い。白ける。
「また変なあだ名で善くん呼んでる…エセカマってカニカマみたいだな」
ぽつりと呟いたキリティー。ナイフを抜く作業に取り掛かった。
「それでっ善くんどうしたの?」
「週頭、女の子来たでしょ? アタシの友だち」
オブラートに包んだ『友だち』に思い出した様子。両手で握ったナイフはなかなか抜けそうにないので代わりに引っこ抜いた。
「ありがとう。うん、来たよ、凄く可愛い女の子」
「…」
ナイフを持ったまま思わず固まった。今更驚く事でもないんだけど、この一年、キリティーはほぼほぼ知愛くんに占領されていたからブランクがあって久々にキた。
「凄く可愛い女の子…? まー確かにそうかもしれないけど、嫌な事言われなかったの?」
「嫌な事? ——あ、」
「何? 何言われた?」
「嫌な事じゃないけど、善くんの身体、見せてもらった方が良いって」
「へぇ?」
ちょっと、意味がわからない。どういう流れでそうなる?
取り敢えず嫌な事は言われなかったのか。だとしたら今度は疑いを掛けた瑠璃ちゃんに申し訳ない気がするけど、キリティーの事だからわからない。海のように広い心なだけかも。
目の前で大真面目な表情をしてじっとアタシの身体を捉えている。
これ絶対、この身体には何があるんだ…?って顔だ。
「あー、見る? 何もないけど」
強いていうなら腹部以外 刺青しかないけど。
しかもそれはあまり見られたくない方。
Tシャツを捲ると、キリティーは食い気味に近付いて来た。
「ふむ」
そぅっと伸びてきた指先を、勿論知愛くんの手が制す。
「本当だ、格好良い身体だなぁ。腹筋ってどうやったら割れるの? ある日突然割れる?」
いっそ羨望に近い眼差しを輝かせる彼女との間で明らかに顳顬の青筋を浮かび上がらせる男を肌に感じたが珍しくよく我慢している。可愛すぎるキリティーは後で泣かされるかもしれないけど。
「トラさんも元気?」
「へ」
トラさん。久々に呼ばれたそれは正確には“白虎”の事だがイントネーションが違う。
「あぁ、うん。元気?よ」
振り返って僅かに背中を捲る。Tシャツが黒いから透けては見えない。
「そうかそうか」
さすさす、と小さな手で腰(其処に虎は居ない)の辺りをさすられて、擽ったいのとほわ〜っと心が温かくなるのを感じた。これが癒されるの正体だ。アタシの祖母はこんなんじゃないけど、キリティーならきっとこんな愛らしいおばあちゃんになれる。
「綺麗な身体だね、これは確かに見せてもらった方が良い」
「キリティー…。キリティーの身体も綺麗だろうから見「おい」
ずっと気付かないフリをしていたドス黒いオーラが爆発、辺り一体を飲み込み今の今まで穏やかに揺れていた木々を恐怖で脅し揺らした。
「何!? 悪魔の再来!?」
キリティーが面白いことを言っている。その悪魔だか魔王だか、残念だけどもう一生キリティーの傍から離れないと思うよ。
「ほら、お弁当食べないと」
アタシの所為でお昼の手が止まっているものだと思い声を掛けたが、そうではないらしい。返事に淀む彼女の行動を振り返っていると、判るより早く彼女の視線が動いた。
その視線の先を辿る、と。
気まずそうな表情を浮かべた心未ちゃんの姿が在った。
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