第12話 Mon.めっ、えっ

「桐、昨日は本っ当にごめん、自分から頼んでおいて爆睡からの起きないという暴挙かまして」



翌日、月曜朝一。


明け方に目が覚めた私はどうやら時計一周以上起きもせず眠りこけていたようで、時計を見ながら理解、後、一人狼狽えた。


始業前に桐の課へ出向き、垂直に頭を下げるも桐は簡単に私を許してしまう台詞を発している。


「寝不足だったって聞いたよ、もう大丈夫?」



ああ、天野からでも聞いたのかな。


「うん、もう全然。


昨日は——…」



昨日、は。



男は、好きじゃなくても好きなひとにするような事ができると聞いて。


不覚にも、涙が溢れた。


痛む胸の奥。

他人相手だったからこそ、想いが溢れたのかもしれない。


それを見た天野が驚いて、他には何もしないから添い寝してあげる、とふざけて。


大粒の涙を拭う間に天野の隣に寝転んだ。


天野は宣言通り勝手に私の涙を拭ったり頭を撫でたりはしないで、ただただくだらない身の上話をしていた。



「だから警戒心も忘れて呑気に男の前で寝こけて…」


頭を抱える。


「すごい」


「え?」


「天野さん。すごいね、心未の警戒心を解くなんてなかなかできなくないか」


「確かに」


我ながら納得。


「あのーちなみになんだけど、私、どうやって家に帰った?」


そこも全然記憶になくて…と顳顬を掻く。


「桐の同居人が私を運ぶわけないし、やっぱり天野に借りを作った感じだよね」



まぁ…天野にも、礼くらい言っておくか。


「あー、天野は」


不本意ではあるが続いていた寝不足からの復活。これはかなり有難い。正直助かった。桐は何故かぎこちなくロボットのようにちょっと待ってねと近くにあったタブレットを確認、「天野さん午後戻るみたい」と教えてくれた。


「じゃーまたいつかでいっか〜」


あはは、と内心ラッキーに思った。



「ねえ」



すると突然、背後から呼び掛けられた。


「いつかかーい」と笑った桐がきょとんとして覗いた後何かに気付いたように一歩前に出たから、それが自分ではなく目の前の桐に向けての呼び掛けだと察して振り返る。


桐本人は何も気にしてなさそうだけど明らかに鼻につく第一声だったから余計に、だ。



「貴女まさか、『溢れ者』だったの?」



緩いウェーブがかった胸下までのロング、オフィスの背景にそぐわない肩出しの服を着た女は桐の属する課を妬む奴らが陰で云う呼称を口にした。


「…何処かで…」


うーんと首を捻りながら唸る桐に、苛ついたように「善の“妹”でしょ? まぁ嘘だって判るけど」と急かす。



善。



そう聞こえて、騒つく胸中。


あ、と思い出した様子の桐が僅かな間の後「どうしてここに」と問う。


「別に通りがかっただけだけど」


どう見ても桐を睨んでいる女。通りがかっただけならはよ通り過ぎ去れよ!と思ったが、間に居る私には目もくれず動かないところを見ると、何か言いたいらしい。私も退かないけど。


そこでやっとちら、と私を一瞥した女と目が合う。


私が先に桐と話してたんだし。と顔に書いて見せつけてやった。



「…あんたが善の“抱けない女”なんでしょ」



「だ?」



時も場所も選び待つことが出来なかったほど、桐に言いたかった事がそれらしい。



“抱けない女”…?


って、


何それ。何言ってんだこいつ。


恐らく桐とは別の意味の疑問が浮かんだが、嫌でも目の前の女が善の、どういう関係の女なのか。それくらいは判ってきてしまって、言われ放題なのが桐じゃなかったら一刻も早くこの場から立ち去りたい話題だった。


「まさかまた会うとは思わなかったけど…こんな偶然あるなら言いたい事言っておくわ。有名だから。あの・・善に抱けない女がいるって」



こちらもまさかだったが、何故か女は桐を睨みつけたままの大きな瞳に、むかつく、と光るものを貯め始めた。


「あんた、身体とか見た事あんの?」



「え、善くんの…? あ、身体、はそうですね…あるようなないような」


「ないんでしょ!? 頼み込んで見せてもらえば? 見せてもらえるならね」



桐が善に見せてって言ったら、善は「はーい」くらいの速さで見せると思うけど??



「わかりました、頼み込んでみます」


私には今桐が考えていることが解る。


一体善くんの身体には何があるというのだ…?だ。


確かに、挙げるとするなら刺青はある。特に善はそれを外で一切見せないから、女が自分(達)だけが知っている事だとひけらかしたいまたは桐に確かめたい意図も解る。

っていうかだとしても、桐はそれくらいなら知っている。



勝手に煽られた女は大きな目を更に大きく見開き、信じられないといった表情。自分で頼み込めと言ったのだから自業自得だ。


「むかつく…っ」


カッとなった女は距離を詰め桐の胸ぐらに手を伸ばした——が。



その手をあっという間に折りそうなくらい、簡単に捕えた指先があった。



「誰」



女が息を呑んだのがわかって——畏怖にかこの端正な顔立ちにかまでは判らないが——その美形はゴミでも捨てるかのように女の細い手首を離した。


「知愛くん。善くんのご友人です」


「友人? …あー。で?」


「で?って。今度善くんの身体を見せてもらうといいよって話を」


「あ゛? 正気かよ」


今度は美形に殴られそうになる桐。いや、正確には似たような負のオーラを浴びせられている。

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