「え?」



もう一度、予想だにしていなかった姿に驚きの声は零れて、それからその背景にも、引いた。



「善…だよね? つうか何この大量の……何かの資料…?」



障子一枚分。開けられたそこから差し込む月明かりに照らされた、背の低い机に向かう善は胡座を掻いていて、その周りには数えきれない、夥しい枚数の資料らしきものが散らばっていた。


紙だけが散らばっているというよりは幾つかある黒いファイルから溢れてしまっている。


疑ったつもりはないがさっきナズナが口にした『今日はやめておけ』は確かに理に適っていた。

この、こちらに見向きもしない善のこれが原因だろう。


「勉強…? ではないよな…?」


珍しく眼鏡を掛けて、目の前に開かれたPCの煌々と眩しい画面を見つめている。その、前回会った時とは違う姿。黒い半袖と捲り上げられたジョガーパンツからはさっき思い出した刺青が覗いていて、今更脚にもあったんだとは思わなかったけど、一度顔を上げた先に見た、ハンガーに掛けられて壁に掛かる黒いスーツを見た時には何らかの事件性を感じてならなかった。



「胡散臭」


未だこちらを見ないまま吐き出された単語。過去にないほど虫の居所が悪いらしい。

懐かしい口調に戻って・・・いる。


この状態の善に、心未ちゃんの初めての男友達になっちゃった〜♪ を言いに来た俺、ある意味タイミング凄くね? 才能か?



「やー今日は俺 善に、心未ちゃんの初めて貰っちゃったって云いに来ただけなんだけど」



まぁ、言うよね。言わないわけないよね、態々此処まで来て。



「……」


善は、数多ある選択肢の中でも今この状況で、一番相手にダメージを与える“無言”という選択肢を選んだ。


「……ごめん、俺が悪かった。

座っていい?」


「他人だったら殺してた」



冷や汗かいて、見てくれないけど作った笑顔で謝罪したらやっとこっちを見上げてくれて、放たれた第一声。それ。


泣きそう。


今年度三十一。大の大人が悲しくて じゃない。怖くて。怖くて泣きそうになった。



「で?」


ガクガク震える膝で、恐る恐る善の側に腰を下ろした。本当に良かったよ他人じゃなくて。


「似合うね。どんなイケメンが新しくこの家に越して来たのかと思っちゃった」


「……」


「…俺 心未ちゃんの男友達になったんだってって報告をね、決して揶揄いとかじゃなく…いやちょっとはちょっかい掛けたいな〜掛けちゃおっかな〜の気持ちもあったかもしれないけど…善に隠れて仲良くなるのも違う気がして〜〜」


やばい。冷や汗止まらないんだけど。何これ病気? 今すぐ走って病院行った方が良いかな?



「男友達」


色気たっぷりになってしまった神崎くんは後ろ手を畳について俺の言葉をなぞった。



「え? ウ、ウン」



「友達じゃなくて。“男”友達?」



もう一度。


何? 何だ?


一体何にそんな引っ掛かっている?



「ソウダケド…」

「はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」



こわぁい。


やっぱ俺、今日ヤられんのかなぁ。




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