長い溜め息の後、更に長い沈黙をもって、善は、
「……見えないって」
と。吐き出した。
「何に?」
純粋に、そう聞き返すのが筋だろう。だが、睨まれてしまう。睨まれて、伸びてきた手に胸ぐらを掴まれ引かれて、同性でも美しいと思う面が近付いて来て、
「“ 男 ”に」
そう、噛み付かれるかと思った。
「…え。まさか
「意識してほしいっつーか、知っててほしい?」
???
マジでよく解らない。平然と言ってるけど。そうなの?
「えっと、じゃー何であの口調なの」
解放されて、仕切り直して問うてみたら逆に不思議そうな表情を向けられて困惑。
俺がおかしいのか? いやそんなわけないよな…
「? 素は心未が怖がるから」
「善がしたくてしてるんじゃないってこと?」
「まぁ心未が怖がるから俺がそうしてる。別に頼まれてはない」
「それ心未ちゃん知ってる?」
「さぁ」
「それだと善がしたくてそうしてるって思ってるんじゃない?」
「女の子抱きまくってんのに?」
「イコール当然男 とはならないでしょ…女も好きな、心は女だと思ってるかもよ」
何だろ、この感じ。何処かでも——ああ、もう一人いた。
自分の心の真ん中に“誰”がいるのか、無自覚なまま大人になった少年が。
「善さぁ…。心未ちゃんのことどう思ってんの」
「口が悪くて、頭の中は大抵文未ちゃんかアタシかキリティーのこと考えてて、顔に出やすいって思ってる」
そういう意味じゃねぇよと思ったが、繰り返して「心未ちゃん。昔っから顔に出やすいのよね」といつもの口調に戻って言った善は、ちゃんと俺の質問の真意を理解した上でのこの答えだと解った。
「どう見てもアタシの事 好きよね」
「…!」
「ちょーっと揶揄っただけでするその顔が堪らないのよね〜」と続けながら、手元の紙を一枚拾い上げた。
頭の中で、さっきから気になっているこの周囲を埋め尽くす程の大量の資料らしき物と、これから続けるであろう心未ちゃんに関する事。この二つが天秤に掛かった。
どちらかしか問い進められないとしたらどちらを取るか。決めきれない内に善は続ける。
「茅がアタシの気持ちを結論付けたいのも解る。でももう、とっくに好きとかそういう次元じゃないのよ。年の差とか、倫理観とか? 抜きにしてもね」
そういう次元じゃない?
…すげぇ言葉だな。
改めて噛み砕くと言葉の重さに目を背けたくなる。
「それ、心未ちゃんに言ってあげなよ」
「何で?」
「何でって。喜ぶ…から?」
「云ったら心未ちゃん、一生アタシだけになっちゃうでしょ」
「え? えぇ〜〜……」
待って、よく解らないと目元を覆って、一度持って来たビニール袋の存在を思い出す。
「一旦飲もう」
来る途中、もう時間的にコンビニしか空いてなくて一応寄ってきたけど寄って良かった。こっちが飲まなきゃやってられなくなる。
はいどーぞと机の僅かな空いたスペースに懲りずにハイボールを捻じ込んでから自分の分は即座に開けた。
「それで、だめなの? 善だけになったら」
好きってそういう、自分だけになってほしいって思うことじゃねーの? と若干困惑気味に問うと、タブを引っ掻いた善の横顔は「だめでしょ」と口を開く。
「ちゃんと外の世界も見せたいと思ってる」
「何その
「心未ちゃんがそうしたいなら。……最終的には戻ってきてほしい、けど」
「ハァ〜〜? じゃー最終的に戻ってくるなら善が今言った『堪らない顔』も他の男に向けて良いってことか」
その言葉には、缶を開けようとしていた片手が止まった。
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