第18話 急いで大人にならないで
「こんばんは〜」
「…ッ誰だよこんな夜中に…」
引き戸の向こうから聞こえた舌打ち。その次に玄関は開けられて、予想通りの久しい顔とご対面。
「!! アマノ・チガヤ……!?」
「そんなファッションブランドみたいに呼ばなくても」
大きくなったなぁ、ナズナ。お邪魔しまーすと固まる彼を通り過ぎて相変わらず無駄にデカい日本家屋に上がり込む。
しっかり自分で注文した物を平げしっかりお会計まで済ませた彼女に「漢前だね」の言葉を飲み込んで、別れた。ほろ酔い状態でも「奢られたくないし送られたくもねぇ」とブレない心未ちゃんは頼りない指先で自らタクシーを呼び、乗り込み、颯爽と去って行った。
「善居るよね」
「いっ、ない」
「善の部屋?」
確か…と古い記憶を頼りにルンルンで突き進む。と、すぐに手首を取られてしまった。
「今日は…やめておけ」
「何で? 女でも呼んでんの」
最後に会ったのはいつだったか、日付も変わろうとしているこの時間、寝ようとしていたのか寝ていたのかどこか元気のないナズナは言い淀み「いや」と口を開く。
「善さんはこの家には女呼ばな…じゃなくて。今は本当に居ねぇ。…銭湯行ってる」
「え、銭湯? こんな時間に?」
「こんな時間までやってる所に行ってる」
初めてではなさそうな恨めしい表情で、隠しても無駄だと悟ったのか口を割るナズナ。俺の前にも誰か—…そうだな、知愛くんあたり乗り込んで来たのかな。
「でっかい風呂あるでしょーに、何でまた」
同時に、高校の時、水泳の授業はなかったけど——着替えで善の背中に刺青を見つけた時のことを思い出した。そっか、そういえば銭湯なら刺青あっても入れるんだっけ?
「それは……ぁ」
さっきから何がそんなに言い辛いのか。思わずお兄ちゃんに話してみなさいと覗き込みそうになった時、ナズナの怪訝な眸が俺越しに背後の影を捉えた。
その視線と言葉の先を追うと、月明かりが差し込む縁側の遠くに、タオルを頭に掛けたまま上がっていく目当ての横顔を見た。
「丁度帰って来たっぽいね」
善はこちらに気付いてないらしい。そのまま縁側を横切って部屋の中へと消えた。ナズナは呟いた俺にやっぱり舌打ちして、掴んでいた手を離す。
「おやすみ」
微笑って、計算されつくした月明かりを踏み縁側を進んだ。この屋敷に立ち入るまでは感じていた七月夜の蒸し暑さも、この縁側には一切感じられない。寧ろ不思議なほどにひんやりとした空気が足元から這って漂う。
左手の庭には、目印の池。その先の、広めの造りの部屋。今善が消えたはずだが明かりは点いていない。
障子一枚分開いているそこに「善——」と声を掛けて覗いた。
「……ぇ」
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