やめてよ。

咄嗟に、心にはその台詞が思い浮かぶのに。やっぱりその奥の奥の方ではまた善への気持ちを増やしてしまう自分がいる。

いやになる。



「何かあった?」


少し、仕方がないと云うように小首を傾げて覗き込む仕草。


心臓がきゅう…と縮こまる。


「あ」

「ちょっと待って心未ちゃん」


口を開いた私を制す手の平越しに「お昼休憩限りあるわよね? お弁当、食べて。食べながら聞かせて」と聞こえてくる。


「はい…」


促されるまま風呂敷を解いた。


「まぁ、金曜の割には顔色良くて安心したわ」


続く声に顔を上げると、優しい双眼がこちらを見ていて、

こりゃ声掛けられるわと昔馴染みなりに思った。


好意の贔屓目なくても目を惹く外見はともかく、男だろうと女だろうと付き合ってもきっと、もっと、世話を焼くのだろう。



「ぁー…昨日、久々によく眠れたからかも」



「へぇ。それでお弁当?」


「んん、これは施し」


風呂敷を解いて曲げわっぱの蓋を開けると、中からは何とも美味しそうなお昼ご飯が現れた。


ムラのない月色の卵焼き、白米も大喜びのこんがり唐揚げに小さく整えられたレタス、ブロッコリー、彩りミニトマト、竹輪の中に胡瓜が挟まっているやつ。ご飯には梅干しと胡麻、紫蘇らしきものも掛かっている。


「美味しそぉぉ」


溢れた声。ふと善の方を見上げると、良かったわねと頬杖のまま微笑んでいる。



「これはくれるの?」


側に寄せてあった桃のタルトを指すと、「お弁当だけじゃ足りないと思って。これはアタシからの施しね」と続いた。


「では遠慮なく」


何故だかぎこちなく手を合わせ、ああ、ありがとうと言うべきだったなと小さな後悔が生まれる。



でも善は、自分も一緒に手を合わせて予定になかったお昼に手を付けた。


「ここのカフェ、意外と洋菓子系も充実してた。プリンも美味しそうだったから迷っちゃった」


「へー、後で私も見てみようかな」


私はこれが好きだけど、

プリンが好きな親友がいる。



「もう売り切れ始めてたから結構人気みたいよ」



それを知っている善は楽しそうにひそひそ顔を近づけた。



「……私、」


その、目と鼻の先に迫った善の気配に、気付かれない程度に目を見開いた私は話す予定のなかった事を口にする。



いつか、


すべきは


自分を好きになれる恋だと

聞いた事があった。



「ずっと、苦手な男から逃げてきたでしょ」


「逃げてきたわけじゃないと思うけど」



「…でも社会人になってから甘えたままじゃだめだって実感する事が増えて、——、」


ふと。


言葉の途中、見据えた善の首筋が目に入って言葉に詰まった。


善の首筋には

知らない痕が刻まれている。

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