第9話 Sun.

日曜日。

冷静になって考えてみればこんな私事、親友然りその仕事を巻き込んでまで協力してもらって良いのか…?という不安が顔を出した。一昨日は久々に善のそういう…色事的な現実を目の当たりにして、現状を変える事のできない自分に腹が立った結果勢い任せに桐に泣きついてしまった感も正直ある。


怖気づいているのか、挑戦に戸惑いながら桐の家のインターホンを鳴らす。と、すぐに奥の方から小走りする音が聞こえてきて安心する。


直接開けられたドアの先の親友は「オートロック入れたの。迎えに行くのに」と驚いた様子の後、いつものように人懐こくいらっしゃいと笑った。


「お邪魔します、同居人は?」


「さっき天野さんを迎えに行った。今日暑いねぇ」


「うん、あ、手土産プリンにしたんだ。冷蔵庫お願いしていい?」


「うわ〜ありがとう」



手を洗っていると桐が向かったキッチンの方から「あ! 今日はうちじゃないのか!」と聞こえてきて、洗面所に困り顔が覗いた。


「心未、天野さんたち直接隣行ったかも。

プリン食べるの後でも平気?」


元々聞いていた話に「それは手土産だから桐が食べて」と頷き手を拭いて、マンションの隣室へと向かった。



「本当に男の人と二人きりで大丈夫?」


再びの蒸し暑さに包まれながら、「いやちょっと考え直してみたら、最初からこの最終ステージっぽいシチュエーションはどうなのかな、危なくないかな怪しくないかな?と思い直してね、心未が不安要素あるならその場で棄権してほしいんだ」と、心配そうな桐に私の分の不安が持って行かれる。


「言い出したの私だから。確かに未知だけど、その方がショック療法の可能性あるし段階踏んでもまどろっこしいだけかと思って」


あとは勢い任せに此処にいる、のも、否めないけど…。


「んー…心未が良いなら…?」


頭を抱える桐が、いつもこういう時は善に相談しているからなぁって気を遣って言わないでくれているのが伝わってきた。


私も、そう思った。


大人数ならまだしも一対一で異性に接するのが難しい私にとっては二人きりになるという機会さえないもので。人の良い桐が「良い人だよ!」とセッティング?してくれた天野という男が本当に良い人かどうかはこの際どうでもいい。そもそも男に良い人など期待していない。

気合いで、拳に力が込められる。


「ここ空室なんだけど元々知愛くんが住むつもりだったらしくて、それなりの家具は揃ってるって言ってたからもし気まずくなったりしても、ね! テレビとか点けて…や、天野さんなら必要ないかもだけど」


心配からか目を細め続けていよいよ目がなくなりそうな桐は何やらぶつぶつ呟きながら隣室のインターホンを押した。



「知愛くーん。あれ 居ないのかな」


「後ろ」


「っ」

「ぎゃあ!」


低い声が聞こえたと同時に影に覆われ、それを見た桐が声を上げた。



「へー」


私を覆った影の主が、天野という男なのだろう。グレーアッシュの髪色の下の僅かに青みがかった眸が興味深げに自分を見つめている。


「こんにちは」


にこ、と自分の面をよく解った上での笑みが広げられる。


「天野です。心未ちゃん?」


あ、無理。


善と同い年だと聞いていて、善があの感じだからかつまりは全ての基準は善で形取られてしまっていて、想像以上に外見が若くて、キラキラかチャラチャラかしていて、


無理だこれ!!


「善絡みって言ったらもっと高飛車〜な感じなのかと思ってたけど、思ったよりボーイッシュっていうか、な? ショートだからかな? 善っぽくはないよね」


「知らねーよ」


「何でそんな機嫌悪いの〜」


容赦なく傷を抉るような、どこら辺が良い人!?なこの男を焦ったように見つめる桐を放って


「暑い」


と一言、中に入っていく男こそが桐のクソ迷惑な同居人であった。



「そ、うだね! 一旦中入ろっか!」





「前坂ちゃん」


家に上がってすぐ、この中で一番小柄な桐が最後尾の天野をよいしょよいしょと押し運ぶ中でそれを止めた天野。


「帰っていーよ」


「え」


「心未ちゃんが大丈夫・・・ならもう二人にして大丈夫」


同居人が恐らく天野に触るなと桐の細腕を取る前で、笑みを浮かべる天野の口にした“私が大丈夫なら”の大丈夫、が、

二人きりでも怖くないなら=自分から頼っておきながら二人にも居てほしいなんて甘えてんじゃねーよ、に受け取れて。気付いたら口が動いていた。



「大丈夫。これ・・なら余裕そうだわ」



「ここ「あ、そ。じゃー行くか」


呼び掛けた桐の腕を掴んだままの同居人はそのまま桐を抱え上げた。


「えっ、ちょ、待って知愛く」


「待たない」


「心未!? ファ、ふぁいと…!」


こんな暴君にやっぱり慣れているのか運ばれていく親友に、拳を突き合わせた。




「仲良しだね」


閉まると同時に自動的に鍵が掛かるドアを見て強張る私に、天野は何の気もない声を掛けた。


それを無視すると「あーかなり拗らせちゃった感じ? かわいいね」と心底腹の立つ声掛けが続く。



「何でこれ、協力してくれる気になったの」



未だ緩まない拳。

背を屈めて覗き込んでくるような相手を睨み上げる。


「心未ちゃんは前坂ちゃんみたく純粋にありがとうとはならないんだ」


「ならない。まず信じてない、男自体」


「成程。


で。


あっちリビングでお話しする?


それとも


あっち寝室で手っ取り早く知る? ——“男”」

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